第12話 村という組織

 カレンはハサミを置き、わたしの首から布を外す。


「髪、こんなものでいいですか?」

「ああ。とてもさっぱりした」


 後ろ手に頭を触ってみる。

 自分の髪が、えらく触り心地のよいものに変わった気がした。


 もちろん、変な髪型にするというおどしは実行されなかった。

 それこそ、戯言ざれごとというものだろう。

 ……そう信じたい。


「……鏡はないのですか」

「そう言えば、部屋に姿見があったな」

「確認してみたらどうですか?」

「ん、まあ、あとでいい。カレンがやってくれたなら、たしかだろう」


 カレンはまた、あきれたようなため息をついた。


「まあ、レイリア様がご自分で切るよりはマシな自信がありますが……」

「だろう? それで十分だ」


 振り向くと、やはりカレンはあきれ顔だった。


「ほかにご用はありますか?」

「いまのとこは……。そうだ、部屋を決めないとな。ベッドの入っている部屋がたしかほかにもあったはずだ」


 その後、カレンをともなってわたしは屋敷のなかをもう一度、ざっと見て回った。

 わたしの部屋は二階の一室、カレンには一階の一部屋を使ってもらうことにした。


「世話係には過分かぶんな部屋だと思いますが……」


 自分の荷を運びながらも、カレンは困惑気味につぶやく。

 一階の部屋も、わたしのものと同じ大きさと造りだった。


「せっかく部屋が余ってるんだ。気にすることはない」


 騎士団でも相部屋だったのだから、すごくゼイタクなことをしている気分なのは、わたしも同様だった。


 カレンも同じ後ろめたさを感じているのなら、ちょっとした共犯者気分で、なんとなく愉快だ。


「そうだ。何か不足なものはないか? 何かあればジラフ村長に相談してみるぞ」

「……それをお聞きするのは、わたしの役目では?」


 ちょっと浮かれ気味なわたしに、カレンは終始あきれ顔だ。


「逆にレイリア様のほうは、何かわたしにたずねたいことやご要望はないのですか?」

「う〜ん、そうだな……」


 カレンの言葉に頭をひねり、一つだけ思いついた。

 たずねるのは怖くもある。

 けど、聞かずに済ますのは、もっと怖かった。


「なら、カレン。一つだけたしかめさせてほしい」

「なんでしょう?」


 わたしが声をあらためても、カレンの表情に変化はない。

 世話係として雇われようとやってきたのだ。

 何か質問を受けることも想定していたんだろう。


「昨日のことだ。みなが徴税吏ちょうぜいりを追い出したことを喜ぶなか、君の視線には何か含みを感じた。だから、わたしのことを内心こころよく思っていないのではないか、と思ったんだ」


 言葉を選びつつ、内心のビクつきが表に出ないように気をつけ、問いかける。

 凍りつくような目で見られて怖かった、とはさすがに言えない。

 カレンはつかのま、何も言わずまたたきを繰り返した。


「それは……申しわけありません。この顔は生まれつきですので」

「いや、とがめているんじゃない」


 幼いころの彼女は感情豊かで明るい子だった、とジラフ村長は言っていたけど……。

 いまは、そんな話をしているわけじゃない。

 余計なツッコミを入れるのはよそう。


「よければ、あのとき君が何を思ったのか教えてくれないか。わたしのやり方がまずかったと思うなら、教えてほしい」

「いえ。わたしが領主様にお教えできることなんて何もありません」

「そこをなんとか……。助言も世話係の仕事の一つだと思ってほしい」


 我ながら、かなり強引な理屈だ。

 何をそんなにムキになっているのだろう、と自分でも思う。

 けど……。


 彼女のあの目は、何か大事なものを見すえているような気がした。


 ――わたしに欠けているもの。


 ヴァイスハイト団長が言っていたことのヒントが、そこにある気がする。


 カレンはしかたない、というふうに深々とため息をついた。

 その目はやっぱり、あきれていた。


「そこまで言うのでしたら……。ですが、わたしには領主様に意見できるような智恵はありません。ただ……」

「ただ……?」

「いきなり仕事をはく奪され、あのお役人は領主様を恨むだろうな、とは思いました」


 どういうわけか……。

 カレンの言葉は、徴税吏本人に恨みの言葉を投げつけられたときよりも、胸にこたえた。

 これでほんとに良かったのだろうか、とあのとき自問した迷いがよみがえってくる。

 けど、口ではさらにムキになって言い返してしまう。


「それはそうだろうが……。ならどうすれば良かったというのだ?」


 正義をつらぬくためには、悪党から恨みを買うのはどうしようもない。

 騎士道物語のヒーローたちにもみな、敵がたくさんいた。

 ……わたしは、間違ったことは何もしていないはずだ。


 感情的になりかけているわたしに対して、カレンはどこまでも淡々と返してくる。


「……分かりませんが、もっと別の方法もあったのではないか、とは思います」

「別の方法?」


 悪人はこらしめる、以外に何があるというのだろう?


「はい。騎士様のいらっしゃる世界は不正を罰し、罪を犯した者は追放すればよいのかもしれません。ですが、この小さな村ではそうとばかりもいきません」

「……というと?」

「たとえ、村のおきてを破ったものであっても、村の一員です。その後も付き合っていかなくてはいけません」

「それでいいのか?」

「いい悪いの問題ではなく、そうでなければこの小さな村は成り立ちません」


 カレンの話しぶりは、どこまでも理知的だった。

 まるで教師の教えを乞う生徒の気分だ。


 彼女の澄んだ声音のおかげで、不快ではなかった。

 けど、その言葉をすぐに飲みこむのは、わたしにはむずかしかった。


「たとえば、共有地のしばを勝手に持っていた者がいるとします。それは村の掟では明らかに罪です。ですが、彼にも何かしらの事情があったかもしれません」

「だが、罪は罪だ」

「ええ。ですが、わたしたちの村では、まずはことを荒立てずに解決する方法を探ります。罪を犯した者を交え、よく話し合います」


 まだるっこしいな、と正直思った。

 カレンの言っていることは、騎士道小説の英雄が取るべき行動じゃない、という気がする。


「分からんな。それではまた誰かが悪を為すだけではないか」

「その時はまた、みなで協議するのです。どうしようもなければ、彼に罰を与えます。労役であったり、罰金であったり……。けれど、それが済めば、もうそのことを誰も口にしません。過去に罰の済んだ罪を口にすれば、そのほうが掟を犯すことになります」

「悪を悪と言うのが罪になるというのか?」

「罰が済んだ者に対しては、そのとおりです」


 それは、なんとも奇妙な心地だった。

 それではまるで、権力者が罪を犯してもとがめられない宮廷と同じじゃないか。


 そう心情は訴えるが、何かがそれとは違う、という気もする。

 カナリオ村が村として生き残るために創りあげた知恵のようなものを、どこかに感じる。


 それをちゃんと理解するには、わたしはまだ時間も経験も足りてなさそうだった……。

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