第14話 かくし耕地

 カレンの提案にしたがって、わたしはとある畑地を目指していた。

 耕作地の多くは家屋をかこむ柵のそと、村の郊外にある。


 村の農業生産を高めるために、畑を視察するのは自然なことだ。

 わたしだって、カレンに言われずともそれくらいは分かる。


 けど、彼女は一人の農夫の名を挙げ、その人の畑を見るようすすめた。

 その理由は教えてくれなかった。


 その者の畑は、村の中心からだいぶ遠い。

 なんでわざわざ不便な場所に畑を作るのか、わたしには分からなかった。

 水や土の条件がちょうどいいのだろうか?


 村人の一員として認めてもらえるよう、できる限り馬には乗らないことにしたのでスペルディアは厩舎で留守番だ。

 徒歩でも、太陽が真南にさしかかる前には目的の場所に到着した。


 台帳に書かれたとおりの小麦畑が、そこには広がっていた。

 けれど、素人目ながら、立地がいいとは考えにくい。


 すぐ近くには、木立が林立りんりつしていて小さな森のような様相だ。

 周囲の木々にはばまれながら、窮屈きゅうくつそうにいびつな形で、耕作地が土の色を変えている。


 そして、肝心の畑のあるじの姿が見えなかった。


「……む?」


 どこかで休憩しているのだろうか。

 いるとすれば、ここからよく見えない木々の中かもしれない。

 けど、なんでそんなところに?


 疑問をいだきながら、さらに畑に近づいていく。

 すると、その近くに人の足跡が見えた。


 昨日、今日でついたものじゃない。

 何度も往復するうちに土が踏みかためられ、けもの道のようになっていた。

 道は、森の中へと続いている。

 この先に、畑の主もいるのだろうか?


 一瞬、腰の剣を目でたしかめる。

 多少の警戒心をいだきながら、わたしはけもの道をたどって、小さな森の中に入っていった。

 いくらもいかないうちに、視界が開けた。


 そこに広がっていたのは――畑だった。

 そして、一人の農夫がその畑地の真ん中で、畑仕事に取り組んでいた。


 わたしの足音を聞きつけたのだろう。

 彼はこちらを振り向き、ぎょっと目を剥いた。


「りょ、領主様!?」


 彼は目に見えてうろたえていた。

 やましいことがあるように目を泳がせ、腰が浮いている。

 いますぐこの場を逃げ出したい、という心境が伝わってくるようだった。


「ここで何をしているんだ?」


 わたしは純粋に疑問を投げかけたつもりだった。

 けれど、彼はとがめらたように感じたのだろう。


 顔を真っ青にして、畑の上に身を投げ出した。

 そして、わたしに向けて土に頭をこすりつけんばかりにひれ伏してしまう。


「も、申し訳ありません。これには深い事情がございまして……」

「どういうことだ?」

「けっして領主様に隠し立てしていたわけではなく、きっちりご説明しようと」

「いいからいったん顔を上げてくれ」

「わたしには養わなければならない女房と子どもがおります。どうか命ばかりは」

「顔を上げろと言ったのが聞こえなかったか?」


 おろおろとまくしたてる彼の耳に届かせようと、強い口調になってしまった。

 ひぃっ、と喉の奥で悲鳴を上げながら、彼はおそるおそる、こっちを見る。

 いまだ膝から下は、地面に身を投げ出したままだ。


 びっしりと汗をかいた蒼白な顔を見ると、なんだかわたしがとても悪いことをしているような気になってくる。

 徴税吏を追い出して人気者になったつもりでいたけど、やっぱり彼らの中でわたしはまだ、鋼鉄戦姫なんだろう。


 ……カレンの言った真実を突きつけられるようで、ちょっぴり悲しくなってくる。


「君は森の外にある小麦畑の耕作主、エリンズで間違いないか?」

「は、はい、さようで……」


 この森の中の畑も彼のものなのだろうか?

 台帳には記載がなかったけれど……。


「あっ」


 ここがなんなのか、不意に悟った。


「隠し耕地か」


 エリンズの答えを待たなくても、ビクンとはねたその肩が答えだった。

 彼の顔がさらに青くなる。


 どうやら当たりのようだ。

 国に申告せずに、私的に畑を耕していた。

 明らかに、それは国の掟に反することだった。


 となれば、それを罰するのは領主の役目だ。

 けど……。


 わたしはすぐに、エリンズをとがめられなかった。

 カレンはあえてここに来るようにすすめていた。


 彼女に試されている。

 そう気づいた。


 たぶん、エリンズが隠し耕地を所有していることを、カレンも知っていたんだろう。

 知っていて、あえてここを見るように勧めたのか……。


「ここで育てているのは、麦か?」

「いえ、ココ芋でございます……」


 カナリオ村の主食はパンではなく、ココ芋というこの地方特産の芋と羊のミルクを混ぜ合わせて作る、お団子のような蒸しパンだった。

 風味はあまり良くないけど、腹持ちが良く、朝一つ食べれば昼を回るまで体力が続く。


 それに、小麦と違って粉に加工する手間がかからない。

 カナリオ村が比較的安定して税分の小麦を納め続けていられたのも、住民たちがココ芋を主食としているのが、大きな理由だった。


 そういうことも、宮廷資料だけでは知れない現地事情だ。

 それはともかく……。


「台帳にココ芋畑の記録がないが?」

「それは、その……」


 カレンの言葉を思い出す。


 −−村人たちは、わたしが想像するほどか弱くはない。


 いま、エリンズは怯えきっているようにも見えるが、その一方でどこか、したたかな気配も感じられた。


「こうした隠し耕地は、ほかにも村にあるのか?」

「それはその……」

「あるんだな?」

「え、ええ。まあ、みなやってることでさぁ……」


 緊張状態が極限に達したのか、エリンズは一転、居直るように肩をいからせた。

 顔を真っ赤にしてまくしたてる。


「け、けど……領主様に非難されるいわれはねえぞ」

「なに?」

「これはオレが汗水垂らして自力で切り開いた畑だ。周りの木が栄養吸っちまう、何もねえ土のうえに畑を作って、イモ収穫するのがどれだけ大変なことか、領主様にはわかんねえだろうけどよ。土まみれになって苦労して作った畑の作物を、また税金で持ってかれちゃ、やってられねえんだよ!」


 エリンズは必死になって、まくしたてた。

 自ら耕した畑をかばうように、両腕を広げている。


 その必死なさまは、わたしの胸を打つものがあった。

 まるで我が子を守る父親のようですらあった。

 彼の姿の背後に、冷たいまなざしをわたしに向けるカレンのまぼろしが見えた気がした。


 ――さあ、レイリア様はどうなさるおつもりですか?


 幻影の目は、わたしにそう問いかけている。


「なるほど、よくわかった」

「えっ?」


 わたしはエリンズに向けて、力強くうなずきかけた。


「よく言ってくれた、エリンズ。おかげで目が覚まされた思いだ」

「はっ?」

「台帳に載っていない、新しい畑を切り開いたなら、それはおまえのものだ。よくがんばって耕したな」

「え、えっと……。お褒めいただき……えっ?」


 わたしの反応にエリンズは混乱している様子だった。

 使い慣れない言葉をつむごうと、必死で頭を働かせているのが伝わってくる。


「そうかしこまらないでいい。さっきのように、思ったことは率直に言ってくれてかまわない」

「こ、これはトンだ失礼を……」

「かまわない、と言ったはずだぞ」

「はぁ……。あ、ありがとうございます」


 徴税役人は、過剰な税を取り立てていた。

 それをもって、わたしは一方的に役人が村人を搾取さくしゅしていると思いこんでいた。


 けど、実情はそう単純じゃなかった。

 お互いに、だまし合い、ばかし合いの攻防を繰り広げていたのだ。


 役人が過剰に税を取るなら、そのぶん彼らは納税台帳に記載のない、隠し耕地を開墾する。

 そうやって、自分たちの利益を守っていたのだ。


 村の営みは、良い、悪い、の一面的な見方だけではとらえられない。

 悪は罰すればいい、という単純な考えではとうてい、領主なんてやっていけない。

 カレンの言ったとおりだった。 


「ふっ、あははははっ」


 笑いがこみあげてきた。

 エリンズはどう反応していいか分からず、目を白黒させている。


 彼らのたくましさは、けっして不快なものではない。

 むしろ、これが自分のおさめる領地の住民なのかと思うと、頼もしさすら感じる。


「そうだ、いいことを考えたぞ」


 わたしは意気揚々いきようようとエリンズに告げる。


「エリンズ、君はこれから新耕地開拓の指揮をしてくれないか。無論、その分の手当は出す」

「はっ? おっしゃる意味が……」

「この隠し耕地と同じことだ。そして、新しい畑地には税をかけない」

「な、なんでそんなことを……?」


 エリンズはまだうまく飲み込めないという顔だった。

 領主が畑に税をかけない、なんてまだ信じられないのだろう。


「この村の食糧事情を安定させるためだ。それも領主の大事な仕事だろう?」

「はぁ、そう言われてみればたしかに……」

「代わりに新耕地から取れる穀物の十分の一を備蓄としよう。そうすれば、不作のときも飢える心配が減る」

「な、なるほど……。さすが領主様! あっしには考えたこともなかった素晴らしい案です!」

「いや、考えたのはわたしじゃない」

「はぁ……」


 これで合っているだろうか、とわたしは心の中でカレンに問いかける。

 屋敷に戻ったら、さっそく報告しよう。


 彼女がなんと言ってくれるか、楽しみだった。

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