第3話 ナイトにあこがれて
孤児院の裏手に、手入れのされていない、小さな原っぱがあった。
建物の日陰になっていて作物を育てるのには向かず、背丈のひくい雑草が野ばなしになっている。
おさない頃のわたしは、その原っぱに一人でいた。
仁王立ちで片手には木の棒を握りしめ、風のわたる草の葉をにらみつける。
「わが名は、しろばらのきしナターシャ。あくのあんこくきしどもよ、わがつるぎのさびとなるがいい」
芝居がかった口調で、せいいっぱい声を張る。
聞いているものは誰もいない。
でも、わたしの頭の中には、草むらに立つ邪悪な暗黒騎士たちの姿が、はっきりとえがかれていた。
「いざ、わがせいぎのやいば、受けてみよ!」
言いはなつと同時、木の枝をふりかざす。
それもわたしの脳内では、日の光を受けてかがやく、銀の長剣だった。
「かくごっ!」
ぶんぶんぶん、と枝を振り回しながら、原っぱをかけまわる。
くるりとふりかえっては、右をにらみ、左にとんで……。
木の枝を振り下ろし、横にはらい、まっすぐ突いて……。
襲いかかってくる悪の騎士たちをバッタバッタと斬りたおす。
「このよにあくのさかえた、ためしなしっ!」
すべての暗黒騎士を打ちたおし、わたしはふんぞりかえった。
はっはっは、と高笑い。
小さな子どものあげる笑い声が、だれもいない原っぱの空気に流れ、草むらに吸いこまれるように消えていく。
――以上、わたしが幼い日から騎士隊に入隊するまで繰り返した、ごくありふれた一日の光景である。
孤児院で育てられたわたしは、空いている時間はいつも、原っぱでひとり、騎士ごっこにひたっていた。
飽きもせず、毎日毎日……。
騎士は小さな頃からのわたしのあこがれ、ヒーローだった。
と言っても、ホンモノの騎士を見たわけではない。
騎士道ロマンス小説の影響だ。
孤児院に寄進された騎士道小説は、かたっぱしから読破していた。
孤児院の側からすれば、それは子どもたちに字を覚えさせる手習い用の品で、内容はなんでもよかったんだろう。
ところが、わたしは一冊読んだだけで、その世界にどっぷりトリコになってしまった。
それからというもの、わたしは無我夢中で騎士道ロマンス小説をむさぼり読んだ。
女王陛下の命令で、悪しき竜を打ちたおす緑の騎士の物語。
卑劣な悪の帝国にとらわれた姫君を救いだす、太陽の騎士の物語。
人々を魔物から守るため世界をめぐった、遍歴の自由騎士の物語。
読むときは、ただ物語として楽しんだだけじゃない。
騎士道物語は、わたしにとっての
頭の中ではいつも、主人公の騎士と自分を同化させていた。
家の裏手の原っぱでひとり繰りひろげたごっこ遊びも、その延長線上だ。
だれかといっしょに遊びたいとは思わなかった。
騎士道物語があって、その世界にひたれれば、それで十分だった。
偉大な英雄である騎士たちにあこがれていたわたしは、孤児院でいっしょに育ったほかの子たちのことを、ひどく子どもっぽいと感じていた。
そして、年を重ねるにつれ、とうとうわたしは、空想だけでは満足できなくなった。
自分も、物語の主人公のような騎士になる、そう本気で考えはじめた。
さいわいだったのは、わたしの育ての親である孤児院の院長が応援してくれたことだ。
子どもっぽい妄想と笑うことなく「騎士になる!」と宣言したわたしの言葉を真剣に聞いてくれた。
庶民の身で、宮廷の騎士隊に入隊できる方法は二つしかなかった。
騎士隊の誰かから推薦を受けるか、年に一度開かれる剣術大会で準優勝以上の成績をおさめるか、のいずれかだ。
当然、ホンモノの騎士にツテなんてないわたしが騎士になるには、剣術大会に出るしかなかった。
十八歳になったら大会に出場すると、わたしは心に決めた。
それが大会に出場できる、最低年齢だったのだ。
もしかしたら、孤児院のおとなたちも、わたしがほんとに大会で勝てるなんて思ってなかったのかもしれない。
初戦でボコボコに打ちのめされて現実を知り、妄想にひたるのもおしまいにするのでは、とひそかに願っていたのかもしれない。
なにせ、わたしは正規の剣術というものをまったく習ったことがない。
身体は大きくなり、手にしているのも木の枝ではなくレプリカの木剣に変わった。
とはいえ、わたしのやっていることと言えばあいわらず、原っぱでひとりそれをぶん回すことだけだったのだ。
けど、わたしは本気だった。
脳内にはボロボロになるほど読みこんだ、騎士道小説の英雄たちの姿がはっきりと刻まれていた。
彼らの戦いかたを、鮮明に思いえがく。
緑の騎士は、どうやって自分の数倍も大きく、炎のブレスを吐くドラゴンを打ちたおしたのか。
太陽の騎士は、卑劣な罠にかかって、何百人もいる敵兵に囲まれながら、どうやってそれを突破したのか。
遍歴の自由騎士は、子どもたちを守りながら、どうやって魔物の群れを追いはらったのか。
英雄たちの戦いの一つ一つをリアルにイメージし、再現する。
本気で、自分も物語の主人公なのだと信じきる。
それがわたしの修行方法だった。
空想とはいえ、わたしは真剣だった。
もう、騎士道小説の戦いの場面ならほとんど全部、そらんじられるほど脳内に叩き込んでいた。
自分の動きが想像のなかの騎士たちに及ばないと感じたら、百回でも二百回でもその場面を繰りかえし繰りかえし再現し、イメージを強めていった。
騎士道小説が大好きで、心から憧れているからこそ「こんなものでいい」と妥協したくなかった。
自分でも剣術大会に優勝するのが目的なのか、小説の完コピが目的なのか分からなくなってきていた。
けど、そんな空想剣術が、大会で通用してしまった。
自分で言うのもなんだけど、苦戦らしい苦戦もなく、ぶっちぎりで優勝してしまったのだ。
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