第4話 白薔薇の騎士と共に
騎士道小説の主人公たちはみんな、わたしの頭の中では、ほんとに生きている英雄たちだ。
大切に思っていない騎士道ロマンスなんて一つもない。
優劣を決めるなんておこがましいと思う。
けど、自分の心に正直になって、その中でも、一番にあこがれている騎士を挙げるとするなら……。
わたしは迷いなく答える。
国王の私生児であるナターシャ様は、赤ん坊のころに森に捨てられ、森の魔女に育てられる。
やがて成長して白薔薇の騎士となったナターシャ様は、王女の身分であるという出生に苦しみながらも、それを周囲には隠し、戦乱に身を投じる。
そして最後は、陰謀渦巻く宮廷で悪しき大臣たちの野望を打ち砕くのだ。
超絶カッコいい。
何回読んでもため息が出る。
悩み苦しみながらも誇りと正義の心を失わなず、毅然と悪に立ち向かうナターシャ様は、わたしが思い描く、理想のナイトだった。
セリフの一つ一つを思い出すだけで、胸がキュンと、ときめく。
自分と同性の女騎士が主人公、というのも感情移入しやすい理由だったと思う。
剣術大会への出場を決めてからというもの、わたしのナターシャ様へのあこがれは、それまでよりも、ずっとずっと大きくなった。
――わたしは白薔薇の騎士ナターシャ、わたしは白薔薇の騎士ナターシャ、わたしは白薔薇の騎士………………。
孤児院に一つだけある鏡に全身を映しては、そう何回も何回も口の中でつぶやき、自己暗示をかけるのがわたしの日課だった。
そして、原っぱでは騎士道小説の戦いを再現する。
そんな日々を繰り返すうちに、あっという間に剣術大会本番の日がやってきた。
はじめて大勢の人の前で剣を振るうというのに、わたしはまったく緊張しなかった。
なにせ、わたしにはたくさんの騎士道小説の英雄たちが付いている。
その誰もが、命がけの戦いで勝利をおさめていた。
剣術大会ていどで負けるはずがない、とわたしは自信満々だった。
そして、その自信はすぐに現実のものとなった。
「さあ、いこう、我が友レイリアよ。私が付いているかぎり、貴女は負けない」
わたしの頭の中で、白薔薇の騎士ナターシャ様がささやく。
それはどんな声援よりもわたしに勇気をくれた。
試合のあいだも、ナターシャ様の声が止むことはなかった。
「相手をよく見ろ。どうやら君の小手先をねらっているぞ。一撃をかわしたら横に斬りこめ。すばやく、大胆にだ」
「いいぞ、レイリア。勇猛果敢に打ちこみつづけろ。負けることなどいっさい考えるな」
「決勝戦の相手にしては、貧弱なものだな。我が宿敵、暗黒騎士たちの足元にもおよばない。臆することはいっさいないぞ」
脳内の声に導かれ、わたしは優勝まで突っぱしった。
あのときはほんとに、自分の身体が自分のものじゃないみたいだった。
まさかの優勝を果たしたそのときでさえ、わたしはどこか他人の戦いを外からながめているような気分だった。
ナターシャ様がわたしに憑依して勝たせてくれたんだ、といまでも本気で思っている。
型にはまった剣術に慣れた参加者にとって、わたしのめちゃくちゃな剣の振るい方が、かえって対応しがたい代物だったみたいだ。
最後まで、わたしの予想外の動きに対戦者たちは翻弄された。
ホンモノの宮廷騎士となったいまでも、ヴァイスハイト騎士団長の意向で、剣術だけは我流のままだ。
型にはめないほうがかえってお前の剣は強い、と団長には言われている。
わたしが合同訓練に参加するのは、それまで扱ったことのなかった槍や弓、乗馬名どのときだけだ。
……それはともかく。
わたしは剣術大会で優勝を果たし、宮廷騎士になった。
降って湧いたように夢が叶ってしまったのだ。
けど、そのときになって、はじめて気づいた。
自分は孤児院の出身。
騎士身分の知り合いなんて、一人もいない。
宮廷作法も騎士のしきたりも、何ひとつ分からなかった。
剣術大会があるのは毎年の冬。
一年の終わりの時期だ。
そして、翌年の春先にはもう、わたしは騎士隊に入隊する。
その短いあいだに、どうにかこうにか騎士としての作法を身につけなくてはならない。
いったいどうすれば……。
頭を抱えて悩んで出した結論。
ここでもわたしは、騎士道ロマンス小説にすがることにした。
とにかく、入隊までのあいだ、孤児院にある、ありとあらゆる騎士道物語を、徹底的に読みかえした。
それまでは、胸おどる戦いや冒険の場面を中心に読んでいたのを、彼らの日常生活、騎士隊での暮らしに着目し、暗記できるまで読みかえす。
ここでも、一番の手本は白薔薇の騎士ナターシャ様だ。
とにかく、口調も仕草も、ナターシャ様をマネることにした。
宮廷の騎士隊がどんなところか分からないけど、ナターシャ様のやっていたとおりに振る舞えれば間違いないだろう、と信じきっていた。
できるだけ声を低くし、男言葉で話し、どんなときも毅然と振る舞い、名誉と正義を重んじ、どんな不正も許さず、喧嘩を売られれば必ず買った。
そんな自分を演じ続けた。
言うなればロールプレイだ。
それが最善の方法だと信じ、疑わなかった。
そして、騎士隊に入隊してから六年間。
二十四歳になっても、わたしは必死で物語のなかのナターシャ様を演じ、毅然とした口調で話し、勇ましく振るまいつづけた。
「こんなとき、ナターシャ様ならどう行動するか?」
その問いかけを、何十回、何百回と自分に向けた。
そんなわたしに、いつの間にかあだ名がついた。
“
それが宮廷内での、わたしの呼び名だった。
いったいなぜ!? と叫びたかった。
ナターシャ様は優雅にして気高い、白薔薇の騎士と呼ばれるお方なのに、かたや無機質で無骨な――鋼鉄。
この格差はなんなのだろう。
ナターシャ様の振るまいは、常に周囲からの賞賛の的だった。
それなのに、わたしは「怖い怖い」「人の心がない」と陰口を叩かれまくる始末。
ナターシャ様なら、人の悪口をこそこそウワサするようなヤカラは許さないだろう。
そう信じて、陰口を叩く人間を糾弾すれば、ますます騎士団内で孤立していく。
同時に、鋼鉄戦姫の呼び名も定着する。
それでも、わたしは演技をやめられなかった。
それ以外に、この宮廷社会で生きるすべが分からなかったのだ。
毅然と、男らしく、堂々と振る舞う。
宮廷近衛騎士団は圧倒的に男社会だ。
約千人の騎士団の中に、女騎士は、たぶん五、六十人程度。一割にも満たないことはたしかだ。
庶民の、それも孤児院出身の女騎士となると、間違いなくわたし一人。
そんな中で、まわりに舐められまいと必死だった。
騎士隊の訓練も任務も全力でこなした。
自分にも同僚たちにも、厳しくあろうと振る舞った。
騎士道物語の英雄のように。
そうやってがんばっていれば、いつかは騎士団のみなにも自分の努力を認めてもらえるはず。
そう信じていた。
けれど、そんなわたしに下された結末は騎士団からの追放。
片田舎の村への配属だった。
いったいどうしてこうなってしまったのか。
いくら考えても答えが出なかった。
ただ一つ、たしかなのは……。
わたしはどこかで間違ってしまったのだ。
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