第22話 街道補修

 街道補修は重労働だが、ちょっとしたお祭りさわぎでもあった。

 これだけ村の者が大勢集まる機会というのも、そう多くはない。

 具体的な指示は大工のヘインズにまかせ、わたしは働くみなを鼓舞してまわる。


「急ぐ必要はない。ケガのないよう安全第一で、ヘインズの指示をよく聞いてくれ。街道の修理を終えたら、この場で祝宴しゅくえんといこう」


 わたしが脳内で意識したのは、騎士道小説の主人公たちよりも、宮廷騎士団のリーダー、ヴァイスハイト団長の姿だ。


 大規模な合同訓練のさい、騎士たちの後ろにどーんとヴァイスハイト団長がかまえ、ひと言、ふた言、声をかけると部隊全体の士気がぐん、と上がる。

 具体的な指示は各分隊長がくだすにしても、団長の存在感だけで、訓練の質がずいぶん変わったものだ。


「どうしたロイド。もうへばったか。若いのに情けないぞ。ノーブル、おまえは力みすぎだ。みなに合わせろ」


 ひとりひとりの名を呼び、声をかける。

 ようやく、領民たちの顔と名前も、だいぶ覚えてきた。


 とはいえ、ふんぞり返って指揮してばかり、というのもしょうに合わない。

 人手が必要な場面では、わたしも積極的に作業に加わった。


 簡易のスコップで土砂をのけ、石を運び、土をならす。

 嵐で倒れてしまった大木をどけるため、ヘインズの指揮のもと、巻きつけた縄をみなで引っ張った。


「よーし、一気に引っ張れ。せーの!」

「よいしょぉー!」

「まだまだ足んねえぞ。気合い入れろおまえら。ほら、もういっちょ!」

「よいしょぉー!」


 みなと力を合わせ、声を合わせていると、一体感が湧いてくる。

 ようやく村の一員として、自分もなじんできた気がする。


 石垣づくりは大工のヘインズの専門分野だが、嵐で荒れた道の周囲の整地は、農夫のエリンズが手際よく指揮していた。

 さすが、新耕地開拓のリーダーだけある。


「鈍った道具はこっちにもってこい。片っ端からいでやる」


 そう威勢良く声を張り上げているのは、鍛治師のアクストだ。


「危なっかしくて酔っぱらいに刃物任せられるかよ!」

「バカヤロウ! こちとら、今朝エール酒を一杯やって以来、禁酒中だ!」

「飲んでんじゃねえか!?」


 鍛冶仕事に復帰してからも、彼の酒飲みグセはあいかわらずらしい。


「ふふっ、さあ、お励みなさい。あなたたちの行いは天の主もごぞんじよ。これはただの街道補修ではないわ。流した汗の数だけ、御国みくにへのきざはしが積み上げられているのよ。あなたの魂が天上へと導かれるよう、祈ってさしあげましょう」


 シスター・イライザも、独特な言い回しで男たちをはげましている。


 言うなれば、領主であるわたしが地上の権力の象徴なら、シスターの存在は天上の権威の象徴だ。

 両者に声をかけられ、張りきらない者など村の中にはいない。


 ……もっとも、男たちの表情を見ると、イライザに声をかけられて喜んでいるのは、敬虔けいけんな心情からばかりとも思えないが。


 むっ、ヘインズまで鼻を伸ばして……。

 いままさに炊き出し班のリーダーをやってる、彼の奥さんに言いつけてやろうかな。

 ……まあ、せっかくみんな元気に働いているのだから、ヤボは言うまい。


 一方、携行用の鍋、釜を持った村の女たちが、道の端にかまどを作り、炊事すいじの煙をあげていた。

 嵐のあとは快晴の日々が続いたおかげで、焚き火には問題がなさそうだった。


 主食であるココ芋とミルクの蒸しパンのほか、大麦のオートミール、タマネギやえんどう豆、リーキやキャベツなどの野菜を煮込んだスープ、川魚のパイ包みなどもある。

 やはり、街道の修繕はちょっとしたお祭り代わりみたいだ。 


「カレン、ココ芋の蒸しパンを一つくれ」

「こっちにも一つ」

「ええ。まだたくさんあります。遠慮なく持っていってください」


 診察とやらを終えたカレンも、ほかの女性陣に混じって、よく立ち働いていた。 

 あいかわらずの無表情ではあったが、積極的に動き回る彼女の姿を見ると、なんとはなく嬉しくなってくる。


「どうだ、カレン。調子は?」


 わたしも栄養補給がてら炊事場に近づき、カレンに声をかける。


「ええ、問題ありません。レイリア様も、意外とサマになっていると思います」

「意外とはなんだ、もう! ……けど、張りきりすぎて倒れないでくれよ。忙しくても、きっちり休憩はとるように」

「はいはい、分かっています。レイリア様こそ、調子に乗って岩から足を踏み外したりしないでください」


 そんなやくたいもないやり取りをかわしていると、いつの間にか、わたしの横に、一人の男性が立っていた。


 見覚えのある顔だ。

 木こりのハンズ――カレンの父親だった。

 彼はじっと、働く自分の娘に目を向けていた。


「……父さん」


 カレンもその視線に気づいて、顔を上げた。

 ハンズの生業なりわいを考えれば、街道補修のためにやってきても不思議ではない。

 事実、彼の手にしている手斧には、嵐で荒れた草木を刈ったあとが残っている。


 けど、あまりに唐突な親娘の対面だ。

 当事者たちよりも、なんとなくわたしのほうがあせってしまう。


 カレンもハンズも、どう接していいか分からないように、しばし互いの顔を見つめ合っていた。

 もちろん、わたしもどう振る舞うべきか見当もつかない。

 ……たぶん、黙って見守るのが正解だと思う。


「カレン。領主様のとこでは、うまくやっているのか?」

「……うん」

「ならいい」


 二人がかわした会話はそれだけだった。

 現れたときと同じくらいの唐突さで、ハンズはその場を去ろうとする。

 わたしは、そんな彼に追いすがって呼びかけた。


「ハンズ」

「領主様か。何か?」

「何か、じゃない。せっかく娘と会ったんだ。もっと、こう……いろいろあるんじゃないか?」

「いや、別に……」


 そう否定されてしまえば、親子という関係をよく分かっていないわたしには、何も言えなくなってしまう。


 そもそも、さして離れて暮らしているわけでもないのだ。

 同じ村のなか、会おうと思えばいつでも会いに行ける距離にいる。


 ハンズは小さく肩をすくめ、再び歩き出した。

 職人らしい無駄のない動きで、ヘインズの指揮のもと、石垣の補修に戻ってしまう。

 わたしとしても、それ以上話はできなかった。

 

 カレンも、父に会ったことなどもう忘れたように、淡々と働いている。

 なら、これ以上わたしが気にしてもしかたがない。

 わたしも、領主としての仕事に戻るか……。


「レイリアさん、ちょっといいかしら?」


 そう思ったら、別の者に呼び止められた。

 シスター・イライザだ。


 例によって、わたしのことを品定めするような目だった。

 目線でうながされ、連れ立って周りに人のいないところに移動する。


「……あの子、変わったわね。あなたのおかげなのかしら?」


 イライザは炊き出し班のいるあたりに目をやって言う。

 あの子、というのはカレンのことだろう。


「変わった? そうなのか?」

「ええ。あの子のこと、よろしく頼むわ」


 まるで保護者のようなその物言いに、なぜか、少し反発心のようなものが湧いてくる。


「シスターどのに頼まれる言われはよくわからないが……。カレンには、わたしが助けられてばかりだ」

「ふぅん……」

「だが、できるかぎりのことはすると約束する」


 イライザはしばし、沈黙した。

 腕を組んでこちらを見るその表情からは、何を考えているのかまったく読めなかった。


「その約束……忘れないよう、胸にしっかりとどめておいて」

「シスター?」


 もっとカレンのことを聞きたかったが、イライザは気まぐれのように話題を変えてきた。


「秋の気配が近づいてきたわね」

「……そうか? わたしにはまだまだ、汗ばむ陽気続きに思えるが……」

「嵐が過ぎれば、秋はもうすぐそこよ。きっと領主様にとっても、忙しい季節となるでしょうね」


 それだけ言って、彼女は悠然と歩み去っていった。

 もう、わたしのほうなんて見向きもしない。

 また働く男たちに声をかけてまわっていた。


 ……まったくワケが分からなかった。


 ◇◆◇


 その後、ヘインズの見立てどおり、きっちり十日で街道の補修は完了した。

 シスター・イライザが姿を見せたのは初日だけだが、わたしとカレンは毎日、現場に足を運んだ。

 

 シスターの言ったとおり、街道の修繕が終わるころにはたしかに、空気に秋の気配が入り混じりはじめた。日が落ちるのも、急に早くなった気がする。


 そして、彼女の予言どおり、カナリオ村は忙しい日々を迎えることになる。

 けど、その理由については、彼女も予期しなかっただろう。


 忙しい――というより、騒然とした、と形容するほうが正しいかもしれない。

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