第7話 第一印象で失敗

 西日が差すころ、カナリオ村に到着した。

 いよいよ、畑ばかりでなく家屋も遠くに見え、さらに近づくと、村を囲む柵まではっきり分かる。

 そして、村の入り口には、けっこうな人だかりができていた。


 たぶん、畑仕事をしてない村人全員がそこにいるんじゃないだろうか?

 郊外の畑でわたしを見かけた誰かが、到着を先触れしてくれたのだろう。


 予習しておいた資料の概要をざっと思い出す。

 レイデン地方カナリオ村。

 推定人口約五百人。

 豊かな牧草地帯と畑地が郊外に広がるほかは、これと言って特産物もない、のどかな村だそうだ。


 わたしが赴任する前には、村に在地領主は存在しなかった。

 レイデン地方の総領主が、ほかのいくつかの村と合わせて、まとめて管理していたらしい。

 それも書類上の形式であって、実際に総領主が現地におもむくことはほとんどないのだろう。


 総領主の住むレイデン地方の州都は、カナリオ村からさらに西方にある。

 税さえ規定どおりに納められていれば、それ以上村に干渉する必要もない。

 そんな場所に、果たしてわたしのやることがどれほどあるのだろうか。

 お飾り領主になってしまわないか、不安ではある。


 声が届くあたりまで村に近づき、わたしは意識を目のまえに引き戻す。

 何はともあれ、まずは村の人たちへのあいさつだ。


 ナターシャ様のように、毅然と、勇ましく。

 そう自分に言い聞かせながら、集まった人全員の耳に届くよう、声を張る。


「我が名は宮廷騎士レイリアだ。王都より参った。この中に村の代表はいるか」


 手にはイーマン副王殿下よりたまわった委任状をかかげる。

 村の人たちに読めるとは思えないけど、こういうのは見映えが大事だ。


 騎士らしく、堂々と、かっこよく。

 そう思っていたんだけど……。


 どうも、それが威圧的な印象を与えてしまったみたいだ。

 集まった村人たちは、目を泳がせて、数歩後ずさりした。


 互いの陰に隠れるように、こそこそと距離を置かれてしまう。

 彼らの視線には、怯えと不安の色が見て取れた。


 ファーストコンタクト、失敗……。

 ああ、ここでもわたしは鋼鉄戦姫扱いなのだろうか……。

 わたしが内心頭を抱えていると、


「わたくしでございます。村長を務めております、ジラフと申します」


 村人たちの一人が前に出てきて、頭を下げた。

 白いひげをたくわえ、痩せた老人。


 ジラフさんは、田舎の村の村長と聞いて想像する、そのままな感じの人だった。

 わたしは鷹揚おうようにうなずいてみせた。


「ジラフ殿か。わたしのことは?」

「はい、聞き及んでございます。新しくこの村の領主様になられるお方だ、と」


 ジラフさんの口調は丁寧だけど、やっぱり警戒心が入り混じっている気がする。

 突然王都から領主だと名乗る女騎士が現れたのだから、警戒するな、というほうが無理なのかもしれない……。


「そうだ。今日からこの村の領主を務めさせてもらう。見てのとおりの若輩者ゆえ、いたらぬ点も多々あると思う。どうか智恵をお貸しいただきたい」


 わたしは、威厳をそこなわない程度に頭を下げかえす。

 ジラフさんはかなりあわてた様子だった。


「いえいえ、そんな。私などが領主様にお教えできることなど、何も……」

「そう言わないでほしい。気になることがあれば、なんでも遠慮なく言ってくれ」

「し、しかし……」

 

 ナターシャ様を見習って、できるだけ公明正大に振る舞ってみせるつもりだったけど、ジラフさんは恐縮しきりだった。

 集まった人たちも、こっちと目を合わせないようにしながら、ざわついている。

 かえって彼らの警戒心を強めてしまったかもしれない……。


「と、ともかく領主様のことは歓迎いたします。さっそく宴の用意をいたしましょう」


 ジラフさんは、じゃっかん引きつった笑顔を浮かべながら言う。

 けど、宴なんてそんなものガラじゃないし、申し訳なく思う。


「いや、宴など不要だ。みな、今日の仕事があるだろう。わたしにはかまわず、どうかそれぞれの務めに邁進まいしんしてくれ」


 そんなに気を遣わないでいいですよ。

 そういうつもりでわたしは言ったんだけど……。


「誰だ、宴会の用意をしようなんて言ったヤツ」

「見ろ、領主様の機嫌を損ねちまったじゃないか」

「領主様はわしらと一緒に酒など飲まぬのだ」

「そんな暇があればもっと働け、ということか……」

「なんと厳しいお方だ……」


 そんなヒソヒソ声が、村人たちのあいだから漏れ聞こえてくる。

 ジラフさんも引きつった笑顔のまま、固まってしまってる。


 あの……、声をひそめてるつもりかもしれないけど、丸聞こえですよ?

 わたしの発言は、彼らに警戒心どころか恐怖心すら植え付けてしまったようだ。

 またしても、やらかした……。


「あの、今のは宴会やってほしくないとか、そう言うことじゃなくて……」


 思わず素の口調になって言いつくろいかけたその時――、


「レイリア様! ようこそ、カナリオ村へ。お待ち申し上げておりましたぞ!」


 調子っぱずれに大きな声が、人混みの後ろのほうから聞こえてきた。

 そのとき、居ならぶ人たちが不快げに眉をひそめたのに、わたしは気づいた。


 人混みをかき分け、声の主らしき男がわたしの前までやってきた。

 露骨にジラフさんとわたしのあいだに割って入って、言う。


「このような片田舎によくぞ遠路はるばるお越しくださいました」


 彼はもみ手をしながら、へつらうような、にやけ顔を浮かべていた。

 その服装は、明らかに村人たちとは違う。


 上質な絹の布地を、派手な多色に染めている。

 髪も油で後ろになでつけていて、まとう空気が村人たちのものとは明らかに違っていた。


「……役人か?」


 印象のままに、わたしは問いかけた。

 相手は大仰な身振りで首を縦に振る。


「ご明察のとおりでございます。この村の徴税役人を務めさせてもらっております。言わば領主様とは夫婦役でございますなぁ」


 歯のあいだから息を漏らすような「しししっ」という笑い声に、わたしの背筋にぞぞっと悪寒が走った。

 在地領主のいないこの村にとって、徴税官は唯一の役人なのだろう。

 そんな彼がわたしに愛想を振りまくのは、当然と言えば当然なのだけど……。


 この男から出ると、夫婦という表現がひどくおぞましく聞こえる。

 第一印象に失敗してる自分が言うのもなんだけど、どうにもイヤな空気を感じる人だった。


「なにぶん、見どころとてロクにない退屈な村ではございますが、これからどうぞよろしくお願いしますぞ」


 村長さんたちがいる前で、そんなあからさまなことを言う。

 村のみなからの嫌悪の視線を、涼風ほどにも気にとめていないようだ。

 けど、彼のせいで、わたしまで同類を見るような目を向けられてる。

 それはカンベンしてほしかった。


 徴税吏は、まるで貴婦人をエスコートしようとでもするみたいに、わたしの手を取って、両手で握りしめてきた。

 反射的に振り払いたくなる衝動を、どうにかこらえる。


 ……ん?

 彼が握った手の中に、妙な感触があった。

 何かを手渡してきたような……。


 てのひらに目を落とすと、砂金が数粒、手の中にあった。

 小粒でも、輝きからしてかなり上質なものだろう。


「……なんのマネだ、これは?」

「ししししっ、どうかお気になさらずに。ほんのお近づきのしるしでございます」


 彼の笑顔は、はっきり下品なものだった。

 事前に王都で調べた情報から、カナリオ村が潤沢な資金などあるはずのない、小さな村であることは分かっている。


 そんな村の役人が、ぽんと金の粒を賄賂として渡せるほど私財を蓄えている。

 ――どうやってか、簡単に想像がついた。


「どうやらキサマはなかなかの働きぶりをしているようだな」

「ししししっ、もったいないお言葉でございます」


 皮肉で言ったのにも気づかない様子で、徴税役人はますますにやけ顔を深めていた。


「貴殿の勤労ぶりをたしかめたい。さっそく、税の帳簿を改めさせてもらおう。案内しろ」


 わたしの強い口調に、彼は面食らった様子だった。


「はぁ、領主様が見ても退屈な数字が並んでいるばかりでございますよ?」

「……口答えする気か?」

「め、め、め、滅相もございません」


 わたしが睨みつけると、ようやく彼は血相を変えはじめた。

 唖然としている村人たちの視線を浴びながら、わたしは引き立てるようにして徴税吏に、仕事場まで案内させた。

 そんなわたしのうしろをスペルディアが付いてくる。


 入村からいきなり、ものものしさ全開だった。


 はぁ……。

 先が思いやられる。

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