最終話 こんどは負けない

 季節はさらにうつろい、すっかり寒気はどこかへいってしまった。

 村を取り巻く山々にも、新緑が芽吹いている。

 わたしがカナリオ村の領主になってから、ちょうど一年が過ぎた。


 そんな春の日。

 わたし宛に、王都から書状が届いた。


「ふぅ……」


 手にしたそれをひと通り読み終わり、わたしはため息とも苦笑ともつかない息をもらす。

 それは、王都への召喚命令状だった。

 ざっくり要約すると“わたしがカナリオ村の領主権を利用して、不当に私財を蓄えている”と訴えたものがいるらしい。


 弁明のため出廷しゅっていせよ、と書状には居丈高いたけだかに書かれていた。

 召喚状の発行人は、わたしをカナリオ村に追放した、カオフマン宰相だ。


 文面から察するに、告訴人はわたしが追い出した、元この村の徴税役人だろう。

 わたしに村を追い出されてから、どんな紆余曲折うよきょくせつがあったのかは知らないけれど、王都に行ってカオフマン宰相に取り入ったようだ。


 類は友を呼ぶというか、なんというか……。

 わたしへの恨みを晴らすため、ずいぶんと手の込んだことをするものだ。


 ……けど、これも自分でまいたタネだ。

 いま思い返せば、余計な恨みを買ってしまった、自分の浅はかさが招いた事態だった。


 正式な書状とともに、ヴァイスハイト騎士団長と見習い騎士のシーラからも、それぞれ手紙が届いていた。

 ヴァイスハイト団長の手紙によると、火喰鳥の尾羽根を手に入れるため“少々“強引な手を取ったため、それも問題になっているという。

 あの人の言う“少々“がどのていどか分からないけど、だいぶムリをさせてしまった気がする。


 けれど、告訴状自体は事実無根のものだから、案じることはない。

 定期報告くらいのつもりで、堂々と戻ってこい、と手紙は続いていた。

 きっとまたわたしのために、裏でいろいろ動いてくれているのだろう、と思う。


 シーラからの手紙も同様に、わたしの身を案じながらも、心配することは何もない、と伝えてくれていた。

 ふたりの気遣いを心からありがたく思う。

 恩を返すどころか、また借りを作ってしまいそうだ。


 ふたりはなんの心配もない、と言ってくれている。

 けど、相手は権謀術数けんぼうじゅっすうに長けた宰相、カオフマンだ。

 油断するわけにはいかない。


 領主の権限を私物化したことはいっさいないけど、月影樹の地底根を購入するために、統治権を抵当に入れたことは事実だ。

 そのあたりをつっつかれたら、ちょっとメンドウだった。


「レイリア様、どうかされたのですか?」


 と、屋敷の掃除をしてくれていたカレンが、わたしの様子を見て、近くに来てくれた。


「カレン。すまないが、近々王都に行かなければいけないヤボ用ができた」

「王都に? いったいどうしてですか?」


 口で説明するより見てもらったほうが早いだろう、とわたしは書状をカレンに手渡した。

 命令状を読み終えたカレンは、眉をひそめる。


「これは……。わたしのせいでこんなことになって、すみません」

「いや、全部自分が招いたことだ。カレンが気にやむことは何もない」

「けど、ひどい言われようですね。村を圧政で苦しめて、私服を肥やしている悪鬼のように書かれています」

「ああ。そんな事実はないと証明してやればいいだけのことだ」

「それで済めばいいのですが……」


 心配させまいとあえてなんでもないことのように言ったけれど、それでごまかされてくれるカレンではなかった。


「王都に行くといっても、すぐの話じゃない。戦いの準備もしないとならないし、わたしがしばらくいなくなるとなったら、ジラフ村長たちにも、言い置かないといけないことがたくさんあるからな」


 わたしが王都におもむくとなったら、領主を辞める気なんじゃないかと不安に思う人たちも出てくるだろう。

 誤解のないように、きちんと説明しておかないといけない。

 わたしがいないあいだの村のことも、いろんな人間に引き継いでおかないと……。


 そして、戦いの準備だ。

 領主に就任してから、定められた税はとどこおりなく国に納めている。

 収支記録も細かくつけているから、それも武器になる。


 村のみんなの力も頼って、証言を集めよう。

 教区教会にも一筆書いてもらうのがいいだろう。


 もしかしたら、州都にいる総領主も味方にできるかもしれない。

 ヴァイスハイト団長とシーラとも、もちろん協力しあう。


 現状、思いつくかぎりの手段をカレンに聞かせた。


「……それで?」


 わたしの話を聞き終えたカレンは、試すような目でこっちを見ていた。


「それで、とは?」

「ほかにもまだ、考えてることがあるんじゃないですか?」


 そのとおりだった。

 それについては折を見て話をしようかと思っていたけど、さすがというかなんというか、カレンは全部お見通しだ。


「その……。宮廷でわたしの無実を証明するのに、村の証言者がいっしょに来てくれると、とても助かる。それで……。もし、身体の具合が問題なければだが……。わたしといっしょに王都まで来てれないか、カレン?」


 カレンはわたしの目を見つめ、たっぷりと間をとったあと、小さく微笑んだ。


「……さて、どうしましょうか」

「自分で言わせたくせに! 自分で言わせたくせに!」


 思わず情けない声が出てしまう。

 カレンは声に出して笑っていた。


「冗談です。もちろん、喜んでおともします。レイリア様」

「そうか……! ありがとう」


 いいようにもてあそばれてる気はちょっとしたけど、やっぱり嬉しくて笑顔になってしまう。


「わたしも、せっかく身体の調子が良くなったので、どこか遠くに行ってみたいと思っていたところでした。……正直、聖女扱いされるのにも、そろそろうんざりしていたところですし」

「あ〜、それはまあ、分かる」


 霊薬アルカヘストによって回復したカレンの評判は、またたく間に全国に知れ渡った。

 もちろん、村おこしのためにあえて広めた話ではあったけど、それにしてもウワサが広まるスピードというのは、すさまじいものがある。


 教会によって正式に列聖されたわけでもないのに、カレンの名は不治の病から復活した“奇跡の聖女”として近隣の町はおろか、他州までとどろいた。

 ひと目カレンの姿を見ようと、全国中から人々がやってきたと言っても誇張表現じゃない。


 病み上がりであることを理由に、日に何度か、広場でほんとに一目姿を見せるだけにとどめたものの、そのときのカレンを見る人々の目は、聖人をあがめる信者そのものだった。

 求婚の手紙も山のように届いたが、カレンは中を読もうともせず、すべて火にくべていた。

 

 いまはようやく、熱狂も下火になってきたころだ。

 それでも、月影樹の地底根を購入した借金は、全国から寄せられた寄付金だけであっという間に埋め合わせられた。


 観光客はいまも少なくない。

 僻村へきそんだったカナリオ村も、ずいぶんにぎわいを見せている。


 けど、村のものとも相談して、無理な設備投資や急激過ぎる耕地の拡大は控えている。

 ブームというのは、ある日突然終わりかねないものだ。

 そうなったとき、目先の金儲けに目がくらんでいては、かえって危険だ。


 事実、カレンの姿を見ようと押し寄せてくる人の数も、ずいぶん減りはじめた。

 当のカレンも、この事態にかなりうんざりしている。


 命を救ってくれた村のみんなのためだから、とガマンしてくれてはいるけど、わたしだって彼女をいつまでも見世物のようにはしたくなかった。


 村おこしは現状、成功を収めているといえるだろう。

 けど、欲張りすぎることはない。


 ゆるやかに、少しずつ豊かになっていけばいい。

 村のみなも、そう納得してくれていた。


「まあ、わたしと同じ病で苦しんでいる人がこれから助かるのであれば、悪い気分ではないです」


 カレンは、気を取り直したように言う。

 霊薬アルカヘストは、貴重な原材料が必要なものだ。

 いまのところ、量産はむずかしい。


 けど、原因不明で、不治と考えられていた病が治った実績というのは、とても大きい。

 シスター・イライザも、集まった寄付金をもとに、ますます霊薬の研究を進めているそうだ。

 近い将来、死病とは呼ばれなくなるだろう。


 そんなわけで、少しほとぼりを冷ます意味でも、カレンとふたりで旅に出る、というのは悪くないタイミングではあった。


「それでは、レイリア様。あらためて、王都でもよろしくお願いします」

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

「わたしでどこまでお役に立てるかは分かりませんが……」

「そんなことはない。カレンがいてくれたら百人力だ。わたしにとって、最高のパートナーだからな」


 それだけは、きっぱりと断言できる。

 けど、カレンはどこか虚をつかれたように、きょとんとしていた。


伴侶パートナーと言いましたか?」

「ああ!」

「はぁ……。レイリア様のことですから、どうせ無自覚なのでしょうが……」


 ひとり言のようなトーンで、何やらブツブツと言っている。


「……ところで、レイリア様。王都では結婚したばかりのふたりが旅をする風習があるそうですね? たしか、ハネムーンと言いましたか」

「ん? ああ。貴族たちにはそんな習慣もあるらしいな。それがどうかしたのか?」

「どうもしません。ただの世間話です」


 あまりにも唐突な話題で面食らってしまったが、カレンはそれ以上説明してくれる気はなさそうだった。


 なんとなく機嫌は良さように見えるので、ここはしつこく聞かないのが正解だろう。

 どうせ、「どうもしないと申し上げましたが?」とか言われて、冷たいまなざしを向けられるのがオチだ。


 あいかわらず、カレンの心中を察するのは難しいけど、一年の付き合いで、そういうとこはなんとなく分かってきた気がする。


 代わりに、王都での戦いについて思いを馳せる。

 不思議と、カオフマン宰相を恨みに思う気持ちは湧いてこなかった。


 というか、ぶっちゃけ顔すらほとんど思い出せないくらいだ。

 けど、負けるつもりは毛頭ない。


 もう、ひとりで戦おうなんて思わない。

 わたしひとりの、ちっぽけなプライドの問題じゃないのだ。

 カナリオ村のために、領主として戻ってくるためにも、みなに頼りながら、わたし自身も全力で戦う。


 今度はもう、負けない。

 負ける気がしなかった。


 わたしには支えてくれるみながいる。

 なにより、わたしのそばには最高のパートナーがいてくれるのだから。


 

 ――了

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鋼の女騎士、はじめての領地経営で嫁に出会う 倉名まさ @masa_kurana

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