第28話 迎撃準備!

 腐竜対策の準備は、村をあげての大仕事だった。

 北西の街道を修復したときも人手が必要だったが、あのときは働き盛りの若い男が中心で、どうしても仕事で村から出られない者は参加しなかった。


 今回は、老若男女、カナリオ村に住むものなら誰もが、何かしらの作業を担ってくれた。

 しかも、腐竜をおびき寄せる場所は、この村の広場なのだ。

 知らないフリをできる者なんていない。


 まず、腐竜をおびき寄せるための準備は、おもに女性や子どもたちが担ってくれた。


「腐竜という魔物にとって、これは動物の頭に見えるそうです。みなさんも、そう見立てるつもりで用意をお願いします」

 

 その指示をくだしているのは、なんとカレンだ。

 彼女ほど、わたしの意図を正確に汲んでいる人は、村の中にもほかにいない。

 身体が心配ではあったけれど、本人が志願してくれてのことだ。


「あまり身体を動かせないので、せめて口だけは動かそうかと」


 というのが、本人の言葉だ。


「なるほどねぇ。……頭に見えるって言われれば、そう見えなくもないねぇ」


 カレンの前にはいま、ある野菜がずらりと並んでいた。

 カボチャだ。


 カボチャの収穫は初秋には終わり、ちょうど実が熟してきた時期だった。

 カナリオ村の主要生産物ではないので、足りない分は近隣の町や村で購入したり、あるいは物々交換で手に入れてもらっていた。


 必要なのは、その硬い外皮だ。

 底を丸く切って、中身はくり抜く。

 しっかり引っついている中をすべて取り出すのはなかなか大変な作業だが、村の子どもたちも、嬉々として手伝ってくれた。


 中身はいたまないように、地下の涼しい暗室に保存してもらう。

 腐竜を討伐したあとには、盛大なカボチャパーティーになりそうだ。


「不思議なものですな」


 その作業を見守っていたジラフ村長が、わたしのそばに来てつぶやく。

 彼もわたしとともに、この村の危機に対して、みなをまとめあげてくれていた。


「何がだ、ジラフ村長?」

「わしが子どものころ、この植物はまだ、どこにもありませんでした」

「そうなのか?」


 カボチャのスープは孤児院でもよく出た。

 てっきり、秋の定番の野菜だと思っていたけど……。


「はい、なんでもえらい方々が遠い海の向こうの大陸からタネを持ち帰って広めたのだとか」

「それは初めて知ったな」

「それがいまや、村の危機を救う道具になろうとしております。この村も変わらないようでいて、少しずつ変化しているのですな」


 遠い過去に思いを馳せるように、ジラフ村長は言う。

 カナリオ村も、のんびりのどかな日々を繰り返しているようで、長い歴史を経ていまの形があるんだろう。

 少しずつ、わたしにもそれが分かってきた。


「これからも良い変化が続くといいな」

「まったくですな」


 そのためにも、まずはこの危機を乗り越えなければいけない。


 中身が空っぽになったカボチャの皮には、代わりにあるものを詰める。 

 あらゆる動物の死骸だ。

 これも、村のもの総動員で狩り集めた。


 虫、ネズミ、魚、鳥、森の小動物。

 なるべく人の食用になるものは避けたいけれど、選り好みする余裕はない。


 ジェフ、ジェイミー兄弟が狩ってくれたイノシシや、キジ、ウサギなどの肉も、もったいない気もちょっとするけど、使わせてもらう。


 およそ、ほとんどの肉食生物は新鮮な獲物を食べる。

 もちろん、人間だってそうだ。


 けれど、腐竜は生物の腐臭を好む。

 腐竜をおびき寄せるため捕まえた生き物は、わざと腐らせるために、濁った水に漬けていた。


 正直、鼻が曲がりそうな臭いだ。

 こんなものを好むなんて、魔物の気持ちは一生涯かけてもわかりそうもない。

 

「しっかし、ひっでえ臭いだな、これは……」

「文句を言ってんじゃないよ。これであんたの汚れた服を洗濯するあたしの苦労も、少しは分かるだろうさ」

「こんなに臭くねえだろ、いくらなんでも!?」


 農家の男女が、そんな軽口を叩き合いながらも、カレンの指示にしたがって作業を進めてくれた。 

 子どもたちも「くっせー」「くっせー」とわいわい言いながら、手伝ってくれる。


「あんたら、終わったらすぐ川の水で手を洗うんだよ。絶対に、その手で顔をこすったりするんじゃないよ」


 子どもたちの母親の、威勢の良い怒鳴り声も聞こえる。


 もちろん、わたしだって、そんな彼らの作業をぼう~っと見ていたわけじゃない。

 腐竜との直接の戦いは、わたしの役目だ。


 それに、村の若者たちにはわたしを補佐して、ともに戦ってもらわなくてはならない。

 その練習を、何度も何度も繰り返す。


 腐竜に仕掛ける罠も、いろいろ準備する必要があった。

 こっちは絶対に失敗できない。


 万一、腐竜を捕らえられなかったら、村の中で暴れ回ることになる。

 そんな事態にだけは、ならないようにしないと……。


 連日、話しあいを続け、罠の種類はどんどん増え、作戦も複雑さを増していく。

 大工のヘインズや、狩人のジェフ、ジェイミーの指導のもと、力仕事が得意な男たちが、大規模な仕掛けを作っていく。


 わたしもみなも、いざ腐竜を目のまえにして、練習どおり冷静に動ける保証はない。

 どうしたって、ある程度の動揺は避けられないだろう。

 気が動転しても、身体が勝手に動いてくれるレベルになるまで、飽きるほど訓練する。


 半分くらいお祭り騒ぎになって準備をしてくれる、みんなの盛り上がりに水を差すつもりはない。

 けど、わたし自身と、戦いに参加するものだけは、緊張感を常に忘れないようにしたい。


 教区教会からは、頼んだ倍以上の聖水が届いた。

 神の加護によって聖別された、特別な水だ。


 人体には特に影響はないが、魔物をしりぞける効果がある。

 特に、不死者の魔物には高い効果を発揮してくれる。


「絶対にカレンに無理はさせないように」という、シスター・イライザからわたし宛の手紙つきだった。

 カレンにもそれは見せたが「別に無理はしていませんから」とそっけなく手紙を放り投げた。

 やっぱり、その様子はちょっとうっとうしげに見えた。


 州都に住んでいる総領主にも、腐竜の発生とその討伐については、手紙で知らせておいた。

 制度を詳しく知らないけど、たぶん、こうしておけば何かしらの援助を受けられて、腐竜を倒したあとは報奨金ほうしょうきんとかも出るんじゃないかと思う。


 村の全員で取りかかったおかげで、準備は万端だった。

 さいわい、そのあいだに魔物が襲ってくることはなかった。


 もしかすると、放っておいても魔物の襲撃はあれでおしまいだったのかもしれない。

 けど、領主としてけっして楽観視はできない。


 根本原因である腐竜を討ち果たすまで、油断は禁物だ。


「あの、領主様……」


 不意に、女性の声に呼びかけられ、振り向く。

 名前がとっさに出てこないけれど、よく顔を知っているひとだった。


 歳はわたしより一回り上だけど、線が細く、どこかたおやかな雰囲気がある。

 十に満たないほどの男の子の手を引いていた。


「あなたは……」

「エリンズの妻でございます」


 わたしは彼女を直視できず、そっと目を伏せた。

 とっさになんと言っていいのかも分からない。


「その……すまなかった」

「いえ」


 彼女は寂しげに目を伏せながらも、気丈に微笑んでいた。


「あの人はいつも言っていました。領主様はえらいひとだ、俺たちのことを真剣に考えてくれている、と」

「そうか……」


 エリンズの顔を思い出し、不意に目頭が熱くなった。

 でも、エリンズの妻が気丈に振る舞っているのに、わたしが泣くわけにはいかない。


「あんなに楽しそうに、張りきって仕事に向かう夫の姿をいままで見たことはありませんでした。今日、村のみなの姿を見て、その理由がよく分かったように思います」


 彼女の視線に釣られ、広場の様子に目をやる。

 みなが、それぞれの方法で腐竜対策の準備を進めてくれている。

 村の危機ではあったけど、その姿は活気に満ちていた。


「どうかこの村をお守りください、領主様」


 彼女は深々と頭を下げる。

 わたしは、強くうなずき返す。


「ああ、もちろんだ。みなと一緒に戦い、そして、必ず守ってみせる」


 もう、これ以上魔物の犠牲者を出したりはしない。

 絶対に、だ。


 わたしは身をかがめ、男の子に目線を合わせた。


「これからは君が母さんを守るんだ。そしたら、わたしも全力で力になる。いいな?」


 少年はとっさに返事ができず、声を詰まらせたようだった。

 けど、代わりに、真剣な顔で大きくうなずいてくれる。


 エリンズの妻はもう一度、深く頭を下げ、歩き去っていった。

 その背中を見送りながら、熱いものが胸の内から込み上げてくるのを、わたしは感じていた。

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