鋼の女騎士、はじめての領地経営で嫁に出会う
倉名まさ
はじまりの章 鋼鉄戦姫の追放劇
第1話 ド田舎へ飛ばされました
「レイリア。君を宮廷騎士団から追放する」
……と、ストレートに言われたわけではない。
けれど、長々と告げられた内容を要約すれば、そういうことだった。
それを聞いたわたしは、しばらく動けなかった。
片膝をついてこうべを垂れた格好のまま、固まっているしかなかった。
屈辱に打ちふるえていた、なんてたいそうな話じゃない。
あまりの事態に理解が追いつかず、うまく頭が働かなかった。
ようするに、ぽかーんとしてた。
◇◆◇
何かがおかしい。
謁見の間にはいったときから、そう予感はしてたのだ。
「宮廷騎士レイリア、参りました」
扉をあけ、中に居ならぶ面々をさっと目で確認する。
国の名だたる重鎮たちが、せいぞろいしていた。
国王陛下は長引く病のせいで政務につけず、玉座は空席だ。
そのとなりに直立不動の姿勢で立っているのが、イーマン副王殿下。
いまは国王代理として政務を取り仕切ってる、実質この国の最高権力者だ。
けど、心労から薄くなった髪と、とってつけたような口ひげ、色濃くしわが刻まれた顔からは、正直あまり威厳を感じない。
しばらく拝謁しないうちに、またちょっと痩せた気がする。
いろいろ苦労してるんだろうなぁ、と思う。
もともと人の上に立つより、国王陛下のサポート役をしているほうが性に合ってると本人もこぼしていた、と宮廷内でももっぱらのウワサだ。
副王殿下の両脇には宰相や宮廷騎士団長以下、文官武官の大臣職が顔をそろえている。
……まあ、それはいいのだ。
偉い人たちが勢ぞろいした光景には緊張感があるけど、ここが王宮の謁見の間であることを考えれば、顔ぶれに不審な点はない。
けど、そこじゃない。
謁見の間にただよっている空気が、妙に重々しい。
大臣たちの顔つきはやけに厳しく、複雑なおももちでわたしを見ている。
わたしの直属の上司であるヴァイスハイト宮廷騎士団長も、口を真一文字に結んで、難しい顔で眉をひそめている。
まあ、この人はいつもむっつり顔ではあるのだけど……。
それにしても、やけに視線が鋭い。まるで戦の前みたいな表情だ。
彼らの視線を浴びていると、まるで自分が審問台に立たされた罪人になったような気分になる。
額に汗がじんわりと浮かぶのを感じた。
ともかくも、わたしは宮中の作法にしたがって膝をつき、からの玉座に向かってこうべをたれた。
「うむ、待っていたぞ、レイリア。すでに聞いているかと思うが、そなたの論功行賞をこれより申し伝える」
「はっ。御意に……」
副王殿下みずから、わたしの働きにたいして恩賞の下知をたまわるため、至急謁見の間に参上するように。
そういう触れこみで呼びだされた。
だから、はずむ心で急いでやってきたのだ。
なのに、いざ来てみれば、この重々しい空気である。
とても、これから褒美を与えようなんて雰囲気とは思えなかった。
居並ぶ人たちの表情をもう一度、ちらりとぬすみ見る。
イーマン副王殿下の声や表情からは、何を考えているのかは分からない。
けど、その苦労人然とした顔つきを見れば、喜んでわたしに恩賞を下そうとしているようには、とても見えない。
なにより不思議なのは、宰相カオフマンの表情だ。
財務官のトップであるカオフマンは、その地位に似つかわしく、でっぷりと太った初老の男だ。
つるりと禿げ上がった頭とたぷたぷの三重あご、脂ぎった頬は、どこか
はっきり言って、生理的に好きになれない人間だ。
そしていまは、余裕たっぷりの様子で、にやにやとわたしを見下ろしている。
おかしい。
ありえない。
もし、ほんとにわたしが例の件で褒美をもらえるのなら……。
カオフマンはうろたえるか、憎しみの目をわたしに向けているはずだ。
なのに、彼が動揺している様子はこれっぽっちもない。
いったいどういうこと?
余裕の表情の彼の顔を見ると、こっちのほうが心がざわついてくる。
「騎士レイリア、こたびの働き、騎士のかがみと評すべき、まことに見事なものであった」
イーマン副王殿下の呼びかけに、はっと意識が引き戻された。
わたしは人間観察をやめる。
言葉では「見事」と言っていても、実際のところ巻物の文章を読みあげてるだけで、ぜんぜん抑揚がない。
なんの感情も伝わってこなかった。
それから副王殿下のお言葉は、騎士のあるべき姿の訓示や規範を述べ、長々と続いた。
けどまあ、このへんはいわゆる定型文というヤツだ。
まじめに聞いたとこで、なんの情報も伝わってこない。
抑揚のない、退屈な訓示をなかば以上うわのそらで聞き流しながら、結論が出るのをいまかいまかと待ちのぞむ。
この心臓によくない空気のなか、ひざまづいた姿勢のままじらされ続けるのは、正直キツいものがあった。
「そのほうが服飾商ザッハード家の不正を暴き、それに連なる者たちを捕えたこと、国王陛下も大変にお喜びである」
「はっ、ありがたき幸せ……」
ようやく具体的な内容になって、わたしはすかさず返事をした。
我ながら、どうでもいいお話を聞き流しながら、よくぞ即座に反応できたものだ、と自画自賛したくなる。
けど、褒められてるはずなのに、どうにも素直に喜べなかった。
イヤな気配はますます募っていく。
服飾商ザッハード家の名前が出たというのに、カオフマン宰相の顔になんの変化もない。
あの男こそが、今回の大規模贈収賄事件の胴元とでも呼べる存在のはずなのに……。
変化がないどころか、にやにやと笑いが漏れるのがこらえきれずに、わたしを見下ろしている……。
表情から察するに、宰相も……いや、この場にいる全員が、副王殿下がこのあと何をわたしに告げようとしているのか、あらかじめ知っているんだろう。
それが分からないのは当人のわたしだけ。
ますます、罪人になった気分だ……。
わたしは何も間違ったことはしなかった。
そう心の中で胸を張ってみても、不安はつのる一方だった。
そして、肝心の恩賞の中身について、とうとうイーマン副王殿下は告げた。
「よって、こたびの功績をたたえ、そなたをレイデン地方カナリオ村の領主に任命する」
「はっ?」
思わず間抜けな声が出た。
イーマン副王殿下が「ウホン」ととがめるように咳払いをしたけど、わたしはぽかんとして、何もできなかった。
片膝をついて硬直したまま、頭の中では目まぐるしく地図を広げる。
レイデン地方というのはこの王都からほど遠い、この国のずっと西方の地域だ。
カナリオ村、という名前はぱっと思い出せないけど、たぶんその中の小さな村の一つだったと思う。
言っちゃ悪いけど、かなり辺境の地域だ。
わたしも行ったことはない。
ちらり、とカオフマン宰相に目をやると、いまやはっきりそれと分かるほど、彼は会心の笑みをわたしに向けていた。
それは勝者が敗者を見下して向ける、あざけりの笑顔だった。
――そういうことかあぁぁぁ!? この野郎ぉぉ~!!
わたしはようやく事態を理解した。
同時に、心の中で相手を罵倒する。
もちろん、口には出せなかった。
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