もうそろそろ仕事行かないと、と美晴は開けたばかりのポテチの袋を俺の膝に乗っけて立ち上がる。俺とセフレだった頃は専門学生だった彼女も、今では自宅から徒歩5分の介護施設に勤務している。童顔でかわいいのでおじいちゃんたちに大人気らしい。

 「店、来る?」

  「今日は夜勤。」

  「また来ていい?」

 「つーか、いれば? 今日遅番なんでしょ。鍵置いてくし。」

 「さすがに悪い。」

 「お、ヤリチン最後の良心。」

 「まぁ、せめてものね。」

  ポテチの袋を輪ゴムで縛り、美晴と並んで部屋を出る。隣を歩く美晴のファッションは、さっきまで部屋着として活用していたTシャツにスウェットのままだ。 

 セフレだった頃、彼女はミニスカートにレースのついたブラウスとか、パステルカラーのワンピースとか、いつもいかにも女の子らしいおしゃれな格好をしていたのだが、今のこの服装の方が断然似合うしかわいらしいと思う。

  立ち並ぶごちゃついたビル群の隙間から見上げる夏の空は、まだまだ真っ白く明るい。あの人を抱いた夜の青さには程遠かった。

 美晴が住むアパートは、駅からすぐ側のごみごみした路地裏にある。女の子が一人で住むにはちょっと危ないんじゃないかな、と、昼間でも薄暗くごみが氾濫したアスファルトを見るたびに思いもするのだが、余計なお世話なのは重々承知なので口に出したことはない。

 「じゃ、仕事がんばって。」

  「タツキも。」

  路地を抜けたところで駅から反対方向に遠ざかっていく美晴の後姿を見送って、俺はせかせかと駅に向かう。ここから俺のマンションと職場がある繁華街までは3駅離れている。

 先月清水さんと寝てから、明らかに美晴の部屋に入り浸る頻度が増していた。以前まではせいぜい月に一度か二度顔を出す程度だったが、今では他のセフレがつかまらない日は大抵美晴の部屋に行ってしまう。一人になるとろくなことを考えないからだ。

  清水さん、奥さんと上手くいってないのかな、とか、だったら俺にもつけ入る隙はあるんじゃないのかな、とか、身体から入ってちゃんと恋人になるって可能なのかな、とか、そういう埒もあかないことを。

  本当は俺だってちゃんと知っている。清水さんは、奥さんと上手くいっていてもいなくても、俺みたいな頭も下半身も緩い男を選んだりはしない人だ。

 いかにも地方公務員の地味なおにーさん。 美晴の物言いを思い出して真似してみながら、俺は更に足を速めた。

  一人は寂しいな、と思うと勝手に右手が携帯を取り出し、今すぐつかまえられそうなセフレの物色を始める。

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