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「清水さんのことが本当に好きなら、話してきたらいいと思うよ。タツキ、セックスしかしないじゃん。セフレといつも。そりゃセフレはセックスするためのもんだから仕方ないけど、清水さんともそうなってるでしょ。話した方が良いよ。」
私がタツキに言えることは、もうそれくらいしかなかった。震えるタツキの胸にそっと手をやって私の身体から引き離す。このまま抱きしめられていたら流されかねないくらいには、私はタツキを好きだった。
恋とはなにか、性欲とどう違うのか。分からないこの人は明確な線引きを欲しがっている。そんなものはこの世に存在しないのに。
だったら今タツキとセックスをして、これは恋だよと言い聞かせたら、タツキは私に恋をするのではないかと思った。少なくとも私に恋をしていると思い込むようにはなるのではないかと。私のそんな汚い欲望を知らないタツキは、子どもみたいにきれいな黒目で私を見つめる。
「話を?」
「そう。」
「話すこと、無いんだ、いつも。」
「あるでしょ。好きだって言って、あなたのこと知りたいんですって言って、そしたらなんとかなるよ。」
「そう、かな。」
「そうだよ。」
胸は痛かった。なにかの病気かな、と思うくらいには痛かった。それでも呪いみたいにタツキに恋を植え付けることはどうしてもできなかった。それをしてしまうと私は一生私を許せなくなる。
清水さんとタツキはどう考えても上手くはいかない。清水さんはタツキのセックス依存症に耐えられないだろうし、タツキもセフレを切ることはできないはずだ。そう考えたら、私は今のままタツキの側にいるのが一番賢い。そう、自分に言い聞かせる。
タツキの両肩をなだめるみたいに叩いて、にこっと笑って見せる。自分なりには一番可愛い笑い方だ。
「今日お店に清水さんが来たら、空いてる日を聞いて飯でも行きなよ。大丈夫。きっとうまくいく。」
うん、とタツキは素直に頷いた。そして私の手を肩の上で捕まえて、ありがとう、と微笑んだ。きっちり左右対称に唇が持ち上がる、笑顔のお手本みたいにきれいな微笑。
それからタツキは私の隣に座り直してビーフジャーキーを食べ始めた。
腹減ったね、などと言いながら私はカップ麺を作った。いつもの午後。
タツキが清水さんと心中をし、失敗して生き残ってきたのは、それから一週間が経った梅雨明けの日だった。見舞いに訪れた病室の窓から見た空は、目が焼けるように鮮やかなコバルトブルーに輝いていた。
タツキは清水さんとなにを話してなにを話せなかったのだろうか、と、真っ白い顔で眠るタツキを見下ろしながら、呆然と考えていた。
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