「なんで、心中なんて、」

 一度触れるとタツキの体温が手放せなくなる。昔セックスばかりしていたころと変わらない、若干低いけどちゃんと生きている身体の温度。

 「……なんでかなぁ。別にね、死んでもいいかなぁって思ったんだよね。死にたいわけじゃないんだけど、誘われたら断る理由もなくて。」

 ふわふわした物言いに腹が立った。そんな曖昧な理由で心中なんてできるものじゃないはずだ。それなのにタツキは実際にそれをしてしまう。そのことに腹が立っていた。タツキにではなくて、タツキのそういうふわふわしたところに気が付いていたのに放っておいていた自分に。タツキがふわふわした部分を手放してしまえば、もう私一人だけがタツキの理解者ではなくなると分かっていて、ずっと気が付かないふりをしてきた。

 「本気で言ってるの?」

 「本気だったよ。」

 私はタツキの頭を必死で抱える。離してなるかという気持ちだった。もう二度と離すもんかと。

 タツキは私の髪をするすると梳きながら、ほんの少しだけ笑った。

 「今はもうないよ。さっき美晴見たら、死んじゃだめだよなって思った。」

 でもね、とタツキは声のトーンを落とした。

 「多分、誰かは死ぬんだよね、清水さんと。俺は生きてるけど、誰かは連れてかれると思う。俺、あの人今は怖い。」

 「え? なんの話?」

 「心中。死んでって目を見て言われて、断れなかった。俺はたまたま生きてるけど、俺みたいな地に足ついてないのは危ないんだと思う。」

 「なに言ってんの、やめてよ。」

 「うん。ごめん。」

 私が怖れている部分だ、と思う。タツキには不安定で地に足がつかない部分があって、その部分が彼を遠くに連れて行こうとする。

 わずかに残っていた躊躇いはすっかり消えていた。タツキの頭を離して身を起こし、きっちり彼と視線を重ねる。

 「三人で住もう。高宏にはもう話してある。」

 「え?」

 「地に足付ける練習するの。」

 「でも、俺は、」

 「高宏と寝たんでしょ。知ってるよ。もう私も高宏もタツキとは寝ない。あんたがまともに地に足付けるまで三人で暮らすの。」

 「でも、そんなの、」

 「うるさい。それしかないでしょ。」

 「ない、のかな。」

 「ないよ。」

 「ない、かな。」

 自分の不安定さを自覚しているタツキが、断言を繰り返されることに弱いのは重々承知だった。タツキが腹をくくるまで、何度だって繰り返すつもりだった。

 けれどタツキは食い下がるでも否定するでもなくそこで口をつぐみ、数秒の後、両方の頬にぽろりと涙をこぼした。

 予想外の反応に私は慌て、反射的にタツキを問い詰めてしまう。

 「なんで泣くのよ。」

 問い詰められたタツキは涙を拭うこともせず、ぽろぽろと涙を流し続ける。

 「だって、美晴と高宏くんが、」

 「なによ?」

 「俺のこと、家族にしてくれようとするから。」

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青い夜 美里 @minori070830

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