美晴とセフレだった頃のことを思い出してみようとする。

 美晴。知り合ったのは駅前のバー。美晴はカウンターで一人、透き通ったオレンジ色のカクテルを飲んでいた。隣に座って何かしら話をして、ほろ酔いの彼女をホテルに連れ込んだ。そしてそこから半年くらい、月に一回か二回は美晴の部屋でセックスをした。

 それだけの話。セックスしかしていないから、それ以上のなにもない。

 このままいくと、たぶん清水さんもそうなる。

 清水さん。知り合ったのは勤務先の喫茶店。彼は常連客で、いつも奥のテーブル席で一人、ブレンドコーヒーを飲んでいた。そんな彼の気まぐれみたいな誘いに応じて、素面のまま俺の部屋でセックスをした。彼とだってセックス以外の事をしていないから、それ以上の何もない。

 ため息も出なかった。隣で眠る女の子の長い髪を指先で梳いてみる。

 この近くの私立大学の三年生だという、長い髪と白い肌の際立つ女の子。

 きれいな子だと思う。いい子だとも思う。でも、やっぱりセックスしかしていないのでそれ以上の何もない。ただ、今俺は一人でいなくてすんでいるという、ただ、それだけ。

ラブホテルの大きなベッド。静かに体を起こして、ゆっくりと床に降りる。

 彼女を起こしたくなかった。思いやりではなく、どうしてもここから何かしらの会話をするのが億劫で。

 音をたてないように用心しながらシャワーを浴び、髪を乾かすのは諦めて衣服を手早く身に着ける。

 清水さんは今日も店に来るだろうか。あの人は俺と寝た日の翌日だけは店に顔を出さなかったが、その次の日からは何事もなかったみたいにやって来てはブレンドコーヒーを飲んで帰っていく。

 セックスしかしなかったから、あの人にとって俺だってそれ以上はなにもないんだろう。

 話せばよかった、と思う。例えば美晴にするみたいに、思いつくことを片っ端から。あなたが好きだと、そればかり何度も伝えたけれど、理由なんかを説明したことは一度もなかった。 

 どうしても、俺は上手くその手の事が話せないから、怖くて。セックス以外で人とつながろうとしたことがないせいで、要領がよく分からなくて。完全に怖気づいていた。彼を好きな理由を口に出せば出すほど、全部嘘になってそこには性欲しか残らない気がした。

 清水さん、話がしたい。

 伝えられる気がしない言葉を、それでも口の中で呟いてみる。

 繰り返し繰り返し呟きながら、通い慣れたラブホテルを出て職場に向かう。

 「清水さん、話がしたいです。」

 店員は俺一人、客も清水さん一人の喫茶店。

 思い切って言ってみると、清水さんは驚いたように俺を見て、それから一滴涙を流した。

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