もう分からない、と伸一は言った。

 「昔は叔父さんのこと殺したかった。その次は自分が死にたくて、今はもう分からない。だからもう、もう、やめたいから一緒に死んで。」

 「なんだよそれは。俺にもわけ分かんねーよ。殺すにしろ死ぬにしろ、もうちょっと分かりやすく解説してからにしてくれ。」

 殺されるのは別によかった。そうされても仕方がないことをこいつにしてきた自覚はあった。多分もっと早くに俺は、去勢をしておくべきだった。

 こいつが死ぬのも別によかった。俺の人生にはまぁそこまで関係はない。また一月かもうちょっとしたら中国に戻るんだから余計にだ。

 ただ、どちらにしろ納得できる理屈ぐらいこねて行けと言いたかった。それがないと俺はどちらの結果にしたって何となくもやもやして気持ちが悪い。

 「結衣のこと、俺、抱いたことないんだよ。」

 俺の甥っ子は、泣きも喚きもしないまま俺の胸ぐらをつかんだ。

 「抱けないんだよ。結衣はそれでもいいって言ってくれるけど、俺は……。」

 結衣って誰だ、と一瞬首をひねって、こいつの女房か、と辛うじて思い出す。

 確かこいつの中学の頃の同級生で、それなりに顔のきれいな70点くらいの女……。

 「ああ、俺はあるぞ。」

 「……は?」

 「お前と付き合いだしてすぐくらいのとき。伸一くんが悩んでるのはあなたのせいなんですーって俺んとこ来てな。一発やったら後はなし崩しだな。お前、あの女と結婚したのか。」

 そういえばそんなこともあったな、などと感慨にふけっていると、俺の膝の上に馬乗りになっていた伸一が、ずるずるとずり下がって腰のあたりにしがみついてきた。

 「なんで叔父さんはここまで人でなしなの?」

 「さぁ。知らねーよ。」

 「なんで結衣は抱いたのに俺は抱かないの?」

 「気分だな。」

 「なんで俺と死んでくれないの?」

 「それはお前は納得できるような理屈を持ってこないからだ。」

 「……死んでよ。」

 「そのうちな。」

 「次の奥さん、どんなひと。」

 「上海生まれ上海育ち。25になったとこだっけな。李香蘭に似てる。」

 「どうせすぐ別れるんでしょう。」

 「そのうちな。」

 中学生当時と比べて随分重くなった甥っ子の身体を膝からどけて立ち上がる。

 「俺、この後予定あるから帰るぞ。」

 財布からホテル代を抜いてテーブルに置き、伸一に背を向ける。刺したいなら今刺せよ、と思ったが、それができる性格の男じゃないことはよく知っている。

 黙りこくったままの伸一を置いて、一人でホテルを出て姉の家に向かう。日本にいる間はそこで世話になるつもりだった。昔、ガキだった伸一を連れて幾度となく通った道。薄汚い舗装路に並列するように流れる河は、夜の空気よりなお黒く流れていた。

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