私がタツキと知り合ったのは、今から二年く私らい前、駅前のバーでだった。その日は朝から専門学校の研修で介護施設に行っていたのだけれど、もう散々な一日だった。嫌味な婆と尻を撫でまわす爺のオンパレード。もう勘弁してほしい。うんざりして、アルコールでも入れなければ自分の家には戻れないと思って寄ってみたバーに、タツキがいた。

 ほんとうに、きれいな男だと思った。

 カウンター席が8個でテーブル席は結構たくさんある、典型的な駅近のバーの店内はそれなりに込み合っていたのに、タツキは一人だけ水際立って華やかだった。男に華やかという言葉を使うのもどうかと思うけれど、それ以外の単語が思いつかない。とにかく、タツキの周りだけ空気が鮮やかに輝いていた。 今もその当時もタツキは派手な格好なんてしないし、その日も確か白いシャツに黒っぽいパンツだったか、とにかくかなり地味な服装だったのに。

 二人掛けのテーブル席で一人お酒を飲むタツキから、少し離れたカウンターに通された私は、タツキのほうを極力見ないようにしながら甘いお酒を2杯だけ飲んだ。

 早く帰るつもりだった。見ないように見ないようにと考えても、視線がどうしてもタツキの方に吸い寄せられた。普段は自分が見る気のないものに圧倒的な引力で視線を吸い寄せられたりはしないから、どうしてもタツキの存在が少し怖かったのだ。

 その恐怖を感じていたのはもちろん私だけではなくて、そのバーにいた男も女もみんなそうだったと思うけれど、タツキは自分に突き刺さる無数の視線に気が付いていないみたいに静かな頬で、大きめのグラスに入った透明の酒を水みたいにするすると飲み干していた。本当に気が付いていないわけでは多分なくて、慣れ過ぎてしまって不特定多数から向けられる視線に無頓着になっているのだろうと思った。ある意味何処までも傲慢な白い横顔。

 私が2杯目のお酒を飲み終わって席を立とうとした時、タツキは流れるように自然な動作でテーブルとテーブルの間をすり抜けてきて、私の隣に立った。

 「2件目、行かない?」

 昔からの知り合いを誘うみたいな、ごく当たり前の提案をするときの口調だった。

 私はタツキの顔を真正面から見られないまま、顎先だけで頷いた。それが精いっぱいの強がりだったと、今なら認められる。私はあんたにちっとも興味なんかないのよ、なんて。

 いくら興味が無いふりをしてみたところで、タツキみたいに生まれつき人目を惹きつけるタイプには無駄な足掻きに決まっているのに。


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