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たちがいい男ではない、と言っても別に、本人の性質が悪いと言っているわけではない。
あんなに見た目は地味なのに、不自然なほど客の男の目を引いているのだ。これに気が付かないなんてタツキも勘が鈍ったか、と思いかけてふと気が付く。タツキは視線を向けられることに慣れ過ぎて、その手のことに全くの無関心になっているのだろう。
ではなぜあの地味な男はここまで他の男の視線を集めるのか……、と慎重にタツキの本命の仕草や目線の使い方に視線を定めてみる。
しかしどんなに注意してみても、取り分けて動作が艶っぽい訳でもなければ、視線で男を誘っているわけでもない。
なんでだ、と内心で首をひねっていると、店のドアを開けて入ってきた一人の男が、躊躇いのない動作でタツキの本命の向かいの席に腰を下ろした。
タツキの本命は、その男がやってくることを把握していたらしかった。一瞬肩を弾ませたが、すぐにあきらめたように俯き直した。
なんだ、修羅場か、と私は身を乗り出す。
男は席に着きはしたものの、すぐさまタツキの本命の腕を強引に引いて店から連れ出そうとした。タツキの本命はその腕を振りほどこうとしたが、腕力の差があるらしく引きずられるように立ち上がる。
店内に客は私の他には若い男の二人連れが二組と、若い女の一人客がいるだけだったが、5人ともタツキの本命が連れ出されようとしていることには気が付いていないほど、その攻防は静かに行われた。馴れきった一通りの操作手順みたいに。
だから本当は、タツキが割って入る必要などなかったのだと。それくらいタツキ自身にだって分かっていたはずだ。けれどタツキはそうしなかった。本命と男との間に割って入り、本命を背中に庇った。
そのイレギュラーであろう行為はもちろん不必要な物音を生み、こちらを見てもいなかった男四人と女一人の顔が、弾かれたようにこちらに向いた。
「タツキ。」
私の口調は多分、咎めるようなものになっていたのだと思う。タツキが一瞬怯んだ間に、男はやはり慣れた仕草でタツキの本命の腕を引き、店を出て行った。
「タツキ。」
私がもう一度名を呼ぶと、彼は壊れかけのブリキ人形みたいにぎくしゃくと私を見た。
男四人と女一人はもうこちらを向いてはおらず、何事もなかったかのようにそれぞれの世界に戻って行っていた。それくらいには静かな攻防だったのだ。タツキの本命と男は馴れきっていたし、タツキには自信がなさ過ぎた。
「追いかけないの?」
追いかけなさい、とは言えなかった。私がタツキの立場でも追いかけることはできないと思ったから。それでも追いかけてほしかった。それは私が出来ない分まで。
けれどタツキはうつくしい顔を情けなく歪めて、静かに首を左右に振った。
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