桃色の夜明け 辻村美穂子

タツキさんといる夜は、いつも桃色に明けていく。私の多幸感が空の色に投影されているのではないかと思うくらいに。

 21歳。そこまでメルヘンな年頃でもないはずなのに。

 「美穂子ちゃん、今日は実家に帰るんだっけ?」

 「はい。土曜日だから。」

 土曜日は実家に帰る。そう彼に言ったのは、いつのことだっただろうか。多分知り合ったばかりの頃だから半年くらい前。何気ない会話の中で。

 こういうどうだっていいような内容を当たり前みたいに覚えていてくれるから、私は彼を諦めきれなくなる。もしかしたら私を好きなんじゃないかなんて、ありえない想定に浸ってしまう。

 「いいね。家族仲が良くて。」

 「タツキさんのおうちは?」

 問えばタツキさんは曖昧に笑って私の髪を撫でた。すんなりときれいな指が、長く伸ばした髪の間をするするとたどる。

 多幸感。

 もちろん、話をごまかされている自覚はある。この人は私に個人情報を渡したくはないのだ、なにひとつ。だってこの人は私を全然好きじゃない。

 私がタツキさんについて知っていることなんて、名前と年齢くらいのもの。そのどちらだって、嘘をつかれていないという保証はない。こんなに一緒にいるのに、体中くっつけて眠っているのに、彼に関する確実な情報は、肌と肌とを透かして頭に入ってきてはくれない。それじゃあ意味がないからもう寝ない、などと言えればいいが、もちろん私は口が裂けてもそんなことは言えない。

 だって、セックス以外のなにを使ってこの人を引き留められるというのだろうか。私は彼に自分を愛してもらえると信じられるほど、自分に自信なんてない。世の中のまともな交際をしているカップルたちは、そしてタツキさんと知り合う前の私は、一体どうしてそんな不確かな期待や想像を頭から信じ込んでいられたのだろうか。

 「じゃあ、早めに出た方が良いのかな。可愛い娘の帰りをきっと待ってるね、ご両親も。」

 「そんなこと、」

 「出よう。早く帰ってたっぷり甘えてきたらいいよ。」

 私が本当に甘えたいひとは、優しい笑顔で私を突き放す。このひとの中には誰にも踏み込ませない部屋がある。あるいは特定の誰かしか踏み込ませない部屋かもしれないけれど、その誰かが私でないことは明らかなのだから、どちらだって同じこと。

 自分の中の部屋の存在に気が付いてさえいなそうなタツキさんに、その部屋への出入りを許されるのは、一体どんなひとなんだろうか、などと埒もあかないことを考える。いつも、いつも。

 想像の中のその人は、飛び切りの美人でもなければ特別な才能があるわけでもないごく普通の女の人で、それなのにタツキさんの隣に当たり前みたいに立っていて、私はその姿を思い描くたびにどうにかなりそうになる。

 開かないドア。私はこのひとことをなにも知らない

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