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昨晩シャワーを浴びた後、バスローブだけをひっかけて眠っていた私の身体に、タツキさんはせっせとワンピースを着せ掛けてくれる。小さなボタンを一つ一つ上から留めていく、長くてしなやかな指。私は柔らかすぎるベッドに座り込んだまま、じっと彼の指先の動きを目で追う。
ほんの数時間前まで私の中にいたとは思えないくらい、抑制されて性の匂いがしない動作。このひとは本当に誠実と言うべきか不誠実と言うべきか、不特定多数の女の存在を隠そうともしない。21歳の素肌も肉も、この人にとっては数いる女の身体の単なる一つにすぎないのだろう。
分かっていて、それでも私はこのひとが好きで好きで仕方がない。
乱れた髪を手櫛で直してくれる誠実で不誠実なひとに、私は必死の情を寄せて正面からしがみつく。
セックスはした。数えきれないくらいした。その最中にも合間にも、繰り返し好きだと言った。愛していると言った。それでもこのひとの態度は変わらなかった。そうなってしまうと私にできる事はもう、こうやってコアラの子どもみたいに彼の胸に抱きつくことしかない。
「疲れてる? ごめんね、無理させちゃったかな。」
タツキさんは私の背中をしっかりと両腕で抱きとめてくれながら、泣きたくなるほど理性的な声を出す。死んでるみたいに穏やかな声。
疲れてなんてない。無理なんてしてない。分かってるくせに。
言えない。言ったら切られることは分かってる。
「次、いつ?」
なるべく平然とした声を出そうとしたけれど、成功したのか失敗したのかは、自分ではわからなかった。彼にしがみつくことに必死で、耳の奥に血でできた膜が張ったみたいだ。
「いつでも。美穂子ちゃんの都合がいい日に。」
「明後日。明後日は?」
「いいよ。昼間なら。」
明後日の午前11時にホテルのすぐそばの喫茶店で待ち合わせ。
辛うじて約束を取り付けた私は、自分を奮い立たせるようにベッドから降りる。
明日、午前中には必修の講義が二つ入っている。それなのに、こんなふうに男に抱かれるためだけにホテルまで徒歩二分の場所で待ち合わせをする。
本気で惨めだった。本気で惨めでも、いずれそう遠くないうちに切られるのは分かっていても、いや、分かっているからこそ、今は一度でも多くこの人に抱かれていたかった。
そして一番惨めなのは、私がタツキさんのこういうところに惚れているという事実だ。私を好きじゃないから、大した情がないから、彼はいつだってゆるぎなく優しい。私が絶対に入れない部屋の存在さえ無視できれば、私はタツキさんの腕の中で幸せに眠れるはずだった。
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