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私はその日の午後六時にはもう、高宏を連れてタツキの喫茶店に清水さんを見に行っていた。
結局私はいつだって、タツキの頼みを断れない。惚れた弱みと言えば惚れた弱みだし、単純に危なっかしくて見ていられないという理由もある。タツキがこういうことを頼める相手は、本当に私しかいないのだな、と思うと。体中の粘膜をすり合わせる行為より、ちょっとした頼みごとのほうがタツキにはずっとハードルが高いのだろう。
私の交際相手である高宏は、私とタツキが寝ていたことを知らない。別に話す必要もないはずだ。高宏と付き合いだした頃には、私はもうとっくにタツキとのセックスを卒業していたから。
「あの人。あの、奥のテーブル。」
私はテーブルを挟んで向かいに座る高宏の袖をそっと引き、斜め後ろのテーブルに一人俯いている清水さんをこっそり示した。
「……いい人そうじゃない?」
私の肩越しにそっと清水さんを盗み見た高宏が、低く囁く。
いい人そう。
なんというか、そんなもんなのだ。どこまでも善良な高宏をもってしても、それ以上の好意的な感想は出ない感じ。
その他に付け加えるとしたらまぁ、真面目そう、とか、誠実そう、とかそんなもん。どっちにしろ本当に魅力的な人には使われない形容詞だ。
「タツキさん、ああいう感じが好きなんだね。」
心から感心したみたいに高宏が言う。そうね、と頷きながら内心で私は、どうだかね、と呟く。タツキはこれまで誰もまともに好きになったことなんてないんだろうし、だったら今回のこれが本気かただの勘違いかなんて誰にも分からない。
「高宏だったらどうなの、ああいうタイプ。」
「うーん。ちょっと違うかな。俺ははるちゃんが好きだよ。」
そんなことを言って、高宏は泰平楽な顔で笑う。欠員のない幸福な家庭で育った一人っ子長男。
ありがとう、と私も笑い返す。唐突に同性を対象に好みかそうでないかを問われても、ちょっと違うとだけさらりと返せるのは、きっちり愛されて生きてきて地に足がついているせいだろう。男とも女とも寝るタツキとも、男とやたらめったら寝ていた私とも、高宏は細胞の一つ一つの構造からして違う。
白いコーヒーカップを両方の掌で包んで俯きがちに座っている清水さんはとことん影が薄く、あの華やかなタツキがどうしてああも執着するのかがさっぱりわからなかった。本能的に、自分と正反対の人を求めてでもいるのだろうか。まさか、子孫を残す生存戦略でもあるまいに。
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