コバルトの季節 藤本美晴

「清水さんさぁ、奥さんと別れたみたいなんだよね。」

 そんなことをいきなり言われて、へぇ、以外に私はなんと応じればよかったのか。

 取り敢えずビーフジャーキーを咥えさせてやると、タツキはあからさまに不満げな顔をした。

 「美晴、聞いてないでしょ俺の話。」

 「聞いてるよ。」

 実際、聞いてる。タツキが思ってるより耳をそばだてて聞いてるし、一喜一憂もしてるし、胃を傷めたり頭を痛めたりもしてる。

 ジャーキーをむしゃむしゃ齧りながら、タツキは言葉を続ける。

 「奥さん、不倫して逃げちゃったみたい。」

 「……へぇ。」

 「先月って言ってた。それで昨日、離婚成立したんだって。」

 「へぇ。」

 「清水さん、昨日の夕方に店に来て、その話してくれたんだよね。俺に一番に聞かせたかったとか、そういうことかな。」

 「他に話す当てがなかったんじゃない。友達とかいなそうだし。」

 「美晴、冷たい。」

 「冷たくないよ。現実見せてる。」

 「……だよねー。」

 私はビーフジャーキーを三本まとめて口に押し込み、ごろんと寝返りを打ってタツキに背を向ける。私の肩の隣辺りに膝を抱えていたタツキは、わざわざ私の顔側に回り込んできて座りなおした。

 来んなよ、と舌先まで言葉が転がり出てきたが、辛うじて腹の中まで引込める。

 美晴しかいないと、それが本心から出た台詞なのは重々知っている。

 「清水さんの奥さん、清水さんの叔父さんと再婚する予定なんだって。」

 「へぇ。そりゃ複雑ね。」

 「ねー。」

 「……私になに言わせたいわけ?」

 「……。」

 「今がチャンスだ告白しちゃえよ、とか言わないよ。別にチャンスじゃないと思うし、この年になって告白だどうだっていうのもどうかと思うし。」

 「……だよね。」

 「セフレ、みんな切ったの?」

 「……ううん。」

 「まずそっから。」

 「できる気、しない。」

 腹が立った。うつくしくて優しいタツキ。セックス依存症で対人恐怖症の情けない男。

 「じゃあ、諦めなよ。セフレ全員切ってからだよ、話はさぁ。」

 「そしたらほんとに、美晴しかいなくなるね。」

 「私もだよ。私だってもともとセフレじゃん。」

 悔し紛れに吐き捨てると、タツキは芯から傷ついた顔をした。心から信頼していた大人に裏切られた子どもみたいな無防備さで。

 タツキに甘えられるのが好きだった。タツキの穴をやっていられるのが幸せだった。綱渡りみたいに慎重にセフレから抜け出してこのポジションを手に入れて、慎重に慎重に足を踏み外さないように気を付けてここまでやってきた。

 多分その毎日が、気が付かないうちにとんでもないストレスになっていたのだろう。

 どうしてもタツキに優しくできなかった。


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