人の目の中を覗き込むのは僕のくせだった。さすがに目の色を見たらその人の本音が分かるなんて、この年になってまで思っているわけではないけれど、向かい合っている人の本音を知りたいときはつい目の中をじっと見つめてしまう。そういう僕を、はるちゃんはよくからかって笑う。変な女に壺買わされないように気をつけなよ、なんて。

 はるちゃんみたいに僕のくせに馴れていない人は、結構な割合でたじろぐ。普通は会話の流れで思いっきり目と目を合わせたりはしないらしい。それも、男同士では特に。

けれど清水さんは笑いもたじろぎもしなかった。

 目の中を覗き込んだ僕を、正面からじっと見つめ返す。そして無言の数秒間の後、急にふわりと微笑んだ。やわらかく感情の全部をほどいたみたいな笑顔。それを見てたじろいだのは僕の方だった。

 この人……、女の人みたいな匂いがするんだ。

 僕はずっと引っかかり続けていた清水さんの独特の匂いに、ようやくその言葉を充てた。

 それに気が付いてしまうと、僕は更にたじろいだ。

 目の前に座っているのは目立たない感じで、いい人そうで真面目そうな男の人で、それなのになんで僕はこの人は女の人の匂いがするなんて思っているのだろう。

 自分がとんでもない変態になったような気がした。見なくていい所から見つけなくてもいいものを引っ張り出してきて、勝手に興奮している感じ。いや、僕は清水さんに興奮しているわけでは絶対にないのだけれど。

 その後、清水さんと僕はなんでもないような話を10分間くらいした。

 その会話の中で清水さんは、僕とはるちゃんが専門学校の同級生だったことや、付き合い始めたきっかけが授業をさぼって二人して埼玉の山奥で虫取りをしたら死ぬほど楽しかったからだということや、今でも時々休みの日には川遊びや虫取りをして遊んでいることを知ったはずだ。

 僕は、清水さんと清水さんの奥さんが中学校の同級生で、成人式の時に会った同窓会で再開して付き合い始めたことを知ったし、結婚に踏み切ったきっかけは別に取り分けてないけれど、一緒に生活していくならこの人がいいと思ったからだということや、休みの日には二人で家でDVD鑑賞をしていることが多いということなんかを知った。

 聞こえていなければいい、と思った。タツキさんには清水さんと清水さんの奥さんの話など聞こえていなければいい、と。

 それでも話題を変えようとはしなかったのだから、俺も、もしかしたら清水さんも、タツキさんに聞かせるような気が少しはあったのかもしれない。あの本当にきれいな男の人を傷付けてやりたいという気持ちが、少しはあったのかもしれない。



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