「……あの?」

がっちりと掴まれていたわけではなかった。ちょっと、親指と人差し指で摘ままれただけ。でも、だから余計に外しにくかった。どう見ても20台半ばから後半にはなっているであろう男の人が、同じく二十代も半ばの男の袖を摘まむのだから、なにか意味があってのことのはずだ。そうじゃなくちゃこんな、少女マンガの中みたいな仕草をするはずがない。

 「あ、すみません。」

 けれど清水さんは、そう詫びただけで焦ったように指を離した。僕と僕の袖口は、宙ぶらりんで放り出される。

 「えっと、なにか?」

 おさまりが悪いままとりあえず訊いてみると、清水さんは首を左右に振って深めに俯いた。

 「すみません、なんでもありません。」

 僕はとりあえず携帯をデニムのポケットに押し込み、椅子に座り直した。なんとなく、そのまま席を立つ気になれなかったから。

 カウンターの中から注がれる、タツキさんの視線が重さと鋭さを増す。

 僕はこっそりカウンターを見やり、目配せをしてみる。それに気が付くとタツキさんはにこっと笑ってくれるのだから、多分視線の矢は無意識の内に放たれているものなんだろう。

 「このお店、よく来られるんですか?」

 人見知りなりになんとか無難な話題を引っ張り出すと、清水さんは小さく頷いてようやく顔を上げてくれた。

 「仕事の終わりに寄るんです。職場と家との間にワンクッション欲しくて。」

 「あー、それちょっと分かります。俺もたまにゲーセン行くときあります。」

 「ゲーセンか。若いんだね。」

 「24です。」

 「そっか。僕はもうすぐ30。」

 若く見えるな、と思った。地味だけど端正な雰囲気だから、逆に年齢が目立たないのかもしれない。

 「タツキさん見るとちょっと気分上りますしね。あれだけかっこいいと、男でも。」

 ちょっとだけ鎌をかけるような気持でそんなことを言ってみると、清水さんは曖昧に視線を揺らした

 「そう、だね。」

 微妙な間があった。この人もタツキさんとなにかあるのかな、と思わせるには充分な間だった。タツキさんは、もうこのひとに手を出しているのだろう。

 どこからどう見てもワンナイトの遊び相手には向かないタイプの人なのにそんなことをするなんて、タツキさんも案外迂闊だ。それか、どうしてもタイミングを逃したくなくてがっついてみたのか。

 それでもまだこのお店に来るんだからこの人だってまんざらでもないんじゃないのかな……、などと思って僕は清水さんの目をちょっと覗き込んでみる。

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