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「さよなら。」
と私はタツキさんの肩を叩いた。さよなら、もう会わないよ、と。
タツキさんは驚いたように私を振り返った。そのやっぱりどうしようもなくうつくしい顔を見て、私は笑った。
上手く笑えていたらいいと思う。最後くらいは私だって少しはきれいだと思ってほしい。それくらいにはやっぱり私にはタツキさんへの情が残っていた。
だって、21歳の肌と肉とを捧げた相手だ。その先になにもないと分かっていても、一番きれいな時期を差し出した相手だ。少しくらいは、最後くらいは、タツキさんみたいに特別きれいな私じゃなくても。
「美穂子ちゃん、」
その先なにをタツキさんは言おうとしたのだろうか。セックスばかりしていて、ろくな会話も重ねたことのない私相手に。結局人間関係なんて、重ねた会話の量でしか測れないのだろうと、そんなことを絶望的な深さで思った。だからいくら身体を重ねても、粘膜を擦り合わせても、私とタツキさんの間にはなにもない。
清水さん、と呼ばれた男の人は、やはり先ほどまでと変わらない、戸惑ったような、所在なさげな顔で私とタツキさんを見比べていた。
普通の人。性別こそ違っても、私がタツキさんの中の鍵のかかった部屋に入る権利を持っている人として想像していた誰かさんと、清水さんの印象は随分近かった。
けれど、その誰かさんの顔を勝手に思い描いていた時の、内臓がねじ切れいるような痛みは、清水さんを見ていても襲ってはこなかった。
もう、セックスはしない。
タツキさんとも、他の誰とも。一番きれいな時は、これからは私のためだけに使うのだ。いずれ私だってまともな男とまともな結婚をしたいのだから、その時までもう、身体で男に縋りつくようなまねはしない。
笑みの形を作った唇が、今にも震えだしそうになる。
私は慌ててタツキさんに背を向け、清水さんが渡ってきた信号を反対方向へと足早に突っ切ろうとする。
するとそこへ、背の高い女の人がかつかつとヒールの音を響かせて通りかかった。ただでさえすらりと背が高いのに、それを誇るようなハイヒールとタイトな黒いワンピースを身に着けたきれいな人だ。
その人は私とタツキさんと清水さんを見比べ、赤い口紅がしっとりと乗った唇でうっすらと苦笑した。
私は彼女を以前にも見たことがあった。やはりこのホテルの前で、私がタツキさんと入り口のドアをくぐろうとしている所にこの人が通りかかったのだ。あの時は赤いドレスを着ていたこの派手な女性は、ちょっと笑ってタツキさんに真っ赤なネイルで飾られた指先をひらひらと振って通り過ぎて行った。いかにも水商売、といった匂いのする、タツキさんと同種の華やかさを持った女。この人がタツキさんの本命なのだろうか、などとバカな事を思い悩んだ記憶があるのだから、タツキさんと知り合ったばかりの頃だったのだろう。
あの時私は、何年たったって、私がいくら努力して背伸びして自分に投資したって、あの女みたいにはなれないんだと絶望して、自分の部屋で一人で泣いた。
そんな惨めな自分の姿を思い出しながら、私は女の切れ長く透き通った瞳に同じような苦笑を投げかけ、ローヒールのパンプスの踵を精一杯鳴らしながら信号を渡りきった。
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