黒い河 清水浩一
「あのえらいきれいなのが、今の男?」
まさかそんなわけもなかろうと知りつつ聞いてみると、やはり伸一は首を左右に振った。
「でも、寝ただろ?」
また首を振る。今度は、縦に。
「俺がこっち戻ってきたからか?」
今度は首も動かないが、答えは分かっている。
「もう抱かねーぞ、ここまで育つとなぁ。」
俺の学生時代から変わり映えしない、こいつ本体みたいに地味なラブホの部屋。ベッド以外の部分を利用することが前提にないせいで、ぐらつくローテーブルの前には座椅子が一つきり。俺がそれを使っているから、伸一はフローリングに直に座り込んでいる。昔からこいつは、俺の左側に肩が触れないぎりぎりの距離を保って座った。いつも。
伸一をはじめて抱いたのは、こいつが中学生の時だった。女と変わんないような薄っぺらい身体をしていた。金を幾らかやったのは覚えているが、正確にいくらやったのかは覚えていない。ただ、その後こいつは金を口実に俺に抱かれに来るようになった。
「育ったからじゃなくて、飽きたからでしょう。」
黙りこくっていた伸一が急に口を開き、恨めしそうな目で俺を見上げてくる。
この部屋は電気の接触が悪いらしく、灯りをつけていても常時薄暗い。最後に来たのは中国に出向になる直前だから、10年近く前。伸一はまだ学生だった。
その時も伸一は金に困っていると言って服を脱いだが、俺はこいつを抱かなかった。その時に飽きたとかなんとか言ったのかもしれないが、もう覚えていない。
「いやーでもお前も女作って結婚までしたんだろ。よかったじゃねーの。」
「叔父さんにされてばっかりでおかしくなると思ったから。」
「されに来てたのはおまえだろ。奥さんにはばれてねーの?」
「ばれるわけないです。普通、想像もしない。」
「もうお前は抱かねーから、今後もばれねーな。おめでとさん。」
俺の姉の息子にあたるこいつは、多分金が欲しかったわけではなくて、男に抱かれたかっただけなのだろう。こいつには生まれた時から父親がいない。抱かれたかったと言ったって、セックスではなくて文字通り男の腕に抱かれて眠りたかっただけなのだろう。
だからはじめは俺も申し訳ないような気がして金を払った。その次からは請求されれば金を払った。請求される頻度は段々減って行って、しまいにはただで抱きたい放題になったのだが、そうなると別に抱きたい身体でもなかった。妊娠しないのは便利だが、馴れてる女のほうが面倒がなくていい。それにこいつは単純に重くてめんどくさい。
「なんで、」
伸一が恨めし気に俺を見上げたまま低く言葉を吐き捨てる。
「じゃあなんで、あんなことしたんですか。」
あんなこと。まぁ、中学生だったこいつを抱いたことだろう。あれはレイプだったと言ってもいいと思う。少なくともこいつは死に物狂いで抵抗してきた。
「性欲。」
それ以上の言葉は、俺のどこをどう叩いても出てきはしない。それを十分に知っている伸一は、唇を噛んで深くうなだれた。こういうところが、心底めんどくさい。
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