第25話 親というものは

 リビングのローテーブルを挟んで、僕の前には父俊介しゅんすけとその横に母さくら。 僕の横に緊張顔の響歌が座り、後ろのダイニングテーブルには頬杖をつく美優と、『ビー娘』のグッズを手にホクホク顔のりいさがいる。 りいさをしばらく僕達の元に置きたいと話をすると、両親は難しい顔をして黙ってしまう。


「ふうん…… あの娘の子供ねぇ…… 」


 母さんは乃愛を初めから歓迎してはいなかった。 だが、『アンタがいいと思うなら』と納得してくれていたのだ。


「りいさに罪はないよ。 生まれてきた子は何も知らないんだから 」


 僕がそう言うと、『そりゃそうだね』と首を縦に振る。 


「んで? 響歌さんはそれでいいの? 」


「えっ? 」


 母さんは響歌を真っ直ぐに見つめる。 先程までの軽い雰囲気はなかった。


「えっ? じゃないよ。 和樹と結婚するんでしょ? それならもう私の娘も同然なんだから、しっかり意見を聞いておかないと。 子供の話って大事よ? 」


「母さん! 」


「アンタは黙ってなさい。 私は響歌と話をしてるの 」


 ぴしゃりと怒られた。 しっかりと意見を言うのは我が家の家訓みたいなもので、話をしている最中は口を挟むなと小さい頃から教えられてきた。 中々話しづらい話題に心配になって響歌を見ると、彼女は凛と母さんに向き合っていた。


「わたしは子供を作ることが出来ません。 過去の過ちで、そういう体に自分でしてしまいました 」


 響歌は迷わず自分の体の事を打ち明けた。 死産していることも、それが原因で高校を中退していることも。 母さんから目を逸らさず、母さんもまた目を逸らさずに、頷きながら彼女の話を聞いている。


「私はりいさをあの家には行かせたくありません 」


「どうして? 」


「娘が死んだ理由をりいさになすりつけたんですよ? あそこにいちゃ、りいさはダメになります! 任せられない! 」


「…… アンタは? 」


「時間が必要だと思う。 しばらく預かって、それでもダメなら引き取っても…… 」


「子育てナメんな 」


 昔はよく怒られたものだが、今の母さんはかなり本気だ。


「任せられないから行かせない? 様子を見ながら決める? それは全部保護者側の言い分なんだよ! 」


 言われてから気が付いた。 確かにそうだ…… 僕達はりいさの気持ちを聞いていなかった。


「まぁまぁさくら、落ち着いて 」


 大人しく聞いていた父さんがなだめると、母さんは面白くなさそうな顔をして黙ってしまう。 子供の頃から、怒る母さんを止めるのが父さんの役目だった。


「いいかい? 二人とも。 子育ては簡単なものじゃない。 聞いていると、経験がないから言えた言葉だと、僕は感じるんだ 」


 物腰の柔らかい父さんが怒った所を見たことはない。 高校の国語教師を20数年、生徒指導もやっている人の言葉はずっしりと重い。


「育て方は千差万別だけどね、どれも楽しいものではないと僕は思うよ。 夜中には起こされ、風邪を引けば仕事を休んでも病院へ連れていく。 特に乳幼児の頃は、なぜ泣くのか…… 何をしたいのかさっぱりわからない。 わからないなりに試行錯誤し、長い時間をかけて我が子を理解していくんだよ。 誉めて、怒って、時には突き放して。 そうやって子供は大人になり、大人は親になっていくんだ 」


「…… うん 」


「子供は切磋琢磨する親をしっかりと見ているものだ。 やっと信頼し始めた頃に、親が変わることがあったらどう思うだろう? 」


 父さんが言いたいのは、りいさの事をもっとよく考えなさいということだ。 回りくどいけど、凄く説得力がある。


「時間があるように見えて、実は時間なんてありはしない。 向こう方が受け入れると言った頃には、りいさちゃんは素直に『おじいちゃんおばあちゃん』と呼べるかな? 」 


 僕は思わずりいさに目が行く。 全てが甘い…… 子供は物じゃないと思っていた僕が、一番物扱いしていた。


「すぐに答えが出る方がおかしいよ。 二人で話し合って、そしてりいさちゃんに耳を傾けてごらん。 きっと進むべき道が見えてくるよ 」


 父さんはそう言って席を立った。 国語教師の説得力、恐るべし……


「どれが正解かなんて誰にもわからないよ。 僕らだって未だにそうなんだ 」


 母さんは僕と響歌の頭の上に手を乗せる。


「パパの言う通り、私らだってまだまだ親として不十分なんだから! 迷って迷って、これだと思う答えが見つかったら、迷わず進みなさい! 」


 そう言うと母さんは笑顔で『お風呂ー!』とリビングを出ていく。


「あっ! りいさちゃん、おばさんと入る? 」


 スッと戻ってきた母さんはりいさの脇をくすぐり、悶えるりいさを肩に担いで出ていってしまった。


「和くん…… 」


 ボソッと呟いた響歌は、今にも泣きそうだ。


「親って難しいね…… 」


「…… うん 」


 そう答えるのが精一杯。 そんな僕達の様子を、美優がじっと見ていた事を僕は知らない。

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