第4話 居酒屋で
「お待たせー! 」
響歌ちゃんは予告通り、午後5時1分にロビーに飛んできた。 カーディガンの袖に腕が通っていないところを見ると、ホントに定時きっかりで飛び出してきたらしい。
「お疲れ様。 そんなに慌てなくても大丈夫だよ? 」
「だって、総務課の人が『彼氏暇そうにしてるよ』って言うから! 」
迂闊だった。 そりゃ二時間も喫茶コーナーにいたら、噂の一つでも流れるよな。
「ん? 彼氏って…… その人、僕の事知ってるの? 」
「和くんの住民登録をしてくれた篠原さん。 若い人が町民になったって覚えてたみたい。 君、役場ではちょっとした有名人だよ 」
はぁ…… そんなんで有名人になっちゃうのか。
「とにかく出ようか。 早めに行かないとあの店、奥の席すぐ埋まっちゃうんだよね 」
彼女は早速僕の手を引き、少し強まった雨の中へと踏み出した。
町役場に程近い、繁華街と住宅地の境にある居酒屋『丘の舟』。 料理が美味しいと評判の店らしく、僕達が店内に案内された時には、既に十二室ある個室の半分が埋まっていた。
「それじゃとりあえず、カンパーイ! 」
僕達は生ビールを頼み、ジョッキを合わせる。
「くうぅ! 」
「ん゙あ゙あ゙…… 」
お互いに半分を流し込み、お互いため息を漏らした。
「和くんオヤジくさい! 」
「響歌ちゃんだって人の事言えないでしょ! 」
そんなセリフで始まった二人だけの飲み会はとても楽しかった。 名物は『たちの天ぷら』だと教えてもらい、それと鳥串を頼んでお通しの豆腐に手をつける。
「待って! 」
醤油をかけようとしたら彼女に止められた。 代わりに塩を振りかけられる。 豆腐に塩? と首を傾げて一口。
「ん!? 美味い! 」
「でしょ! 実はここの豆腐、ウチの
食感は一般の木綿豆腐より柔らかく、味は豆腐というよりは枝豆に近い。 響歌ちゃんが塩をかけたのが納得できた。
「へぇ…… 自産自消なんだね。 そうそう、思ったんだけど…… 」
僕は昼間覗いた直売所について、思った事を話した。
「おじいちゃん? そっか、和くんは『ぴりか
「ぴりかツー? 聞いたことない 」
『だよね』と彼女はケラケラ笑う。
「おじいちゃんが作り続けてる品種。 北海道出身のおじいちゃんが地元で作ってきたお米を、この中川でも作りたいって頑張ってるの。 品種認定はまだで、ネーミングもどうかと思うんだけど 」
「なるほど…… あの訛りは北海道だったのか 」
「だべ? なまらなまってるっしょ? 」
「それ、北海道の人に怒られるよ? 」
彼女と顔を見合わせて笑い合う。
「和くんの地元はどこなの? 」
「僕は神奈川だよ。 就職は埼玉だったけど 」
彼女は高齢者を相手にしているせいか、とても聞き上手で。 話題は僕の学生の頃から前職の事に変わり、ほろ酔いの彼女は肩肘をついて『ウン、ウン』と親身になって聞いてくれた。
「ひっどいねそれ! そんな奴ら、見返してやろうよ! 」
彼女は拳を振り上げてアッパーカットを繰り出す。 他人には話したくなかった過去を、彼女は力に変えようというのだ。
凄い子だ。 常に前向きな彼女の強さの秘密を知りたくなる。
彼女の過去は今まで聞いたことはない。 ちょっとだけ聞いてみようと、話題を彼女に振ろうとした時だった。
「あー! やっぱり響歌じゃん! 」
「へっ? えー!
個室の暖簾から顔を覗かせたのは、少し化粧が濃い目のショートカットの女性だった。
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