第55話 日常に戻って

 僕が中川町に来て早くも半年が過ぎた。 収穫も終わり来年度に向けて土作りを済ませた田畑には霜が降り、畦の所々はうっすらと雪化粧をする。


 まもなく冬至。 あれからトラブルもなく過ごしていた僕は今、農協の大野部長から頂いたカボチャと格闘中だ。


「すまないねぇ、和樹君 」


「大…… 丈夫! だよばあちゃん! フン! 」


 頂いたのは『伯爵カボチャ』という品種で、皮がとても硬くてばあちゃんの力では歯が立たないのだ。


「今年は遠慮しようかと思ってたんだけどねぇ 」


 毎年この時期になると大野部長が自宅で熟成させた物をくれるそうだ。 それはじいちゃんと大野部長が意気投合したきっかけの野菜でもあり、煮付けがじいちゃんの大好物なのだという。 もちろんこの解体はじいちゃんがやっていたらしい。


「任せてよ。 これもちゃんと受け継がないとね 」


 新聞紙を敷いた床に起いて包丁を入れようとするが、これがなかなか……


「ただいまー! 」


 四分の一ほど包丁が入ったところで、響歌とりいさが帰ってきた。


「パパ、なにしてるの? 」


「カボチャを切ってるんだよ 」


 汗だくになっている僕を見て不思議そうな顔をしていたりいさは、カボチャと聞いて苦い顔をした。 りいさはカボチャが嫌いなのだ。


「あっはは! 和くん、貸してみ 」


「えっ? 」


 響歌はやっと刃が入った包丁を抜いて、ボウルとカボチャを両手に納屋へと向かう。 何をする気なのかとりいさの手を引いてついていくと、どこから取り出したのか響歌はなたを手に板の上に置いたカボチャと正対する。


「てい! 」


 大きく振りかぶって頭上から振り下ろす! 鉈は見事カボチャの中心を捉えて真っ二つにし、カンと音を立てて板に突き刺さった。


「おおっ! 」


 あれほど苦労してたのに一撃…… 凄いな。


「おじいちゃんはこうやってたよ。 このカボチャは硬いから、切るより叩き割るんだって 」


 響歌は半分になったカボチャから種を抜き取り、再び鉈で半分にする。 カン、カンとリズムよく小さくしていく彼女は、じいちゃんを懐かしんでか楽しそうだった。


「はい、後は任せた! 手を切らないよう気を付けてね 」


 見本を見せてくれたのか。 見様見真似でやってみるが、軌道はズレるわ途中で刃が止まるわで上手くいかない。 


「りいさもやるー! 」


 僕では自信がなかったので響歌に助けを求めると、彼女のサポートもあってりいさも一刀両断していた。


「パパへたくそ! 」


「ホントだね。 じゃありいさ、この調子でカボチャを美味しく食べよう 」


「うぇ!? 」


 苦い表情になるりいさに僕と響歌は吹き出す。 なんだか楽しい…… こういうちょっとしたことが、きっと家族の思い出になっていくんだろう。


 ボウルに山盛りのカボチャを持って僕達は家に戻る。 ここからはばあちゃんに、じいちゃんが好きだった味付けをしてもらう。 響歌はすぐに着替えてきてばあちゃんの横に立ち、レシピを受け継ぐつもりらしい。


「それじゃ、りいさちゃんにも手伝ってもらおうかね 」


「それじゃ、和くんはあっち行っててね 」


 見てようと思ったのに追い出されてしまった。 これは響歌の秘伝にしたいらしい。




  

 カボチャは大野部長が今時期がとても美味しいと満面の笑みで勧めてきた通り、ホクホクで甘くてとても美味しかった。


 びっくりしたのはりいさで、いつもは手をつけようともしなかったりいさがパクパクと食べていたのだ。


「甘くて美味しかったね 」


 『うん!』と答えるりいさは満足そうに頷く。 自分から進んで食べるとは…… 味見でもさせたんだろうか。


「今年はりいさちゃんも手伝ってくれたから、お父さんもきっと喜んでいるよ 」


 カボチャの煮付けは、じいちゃんの仏壇にもお供えしてある。 といっても、りいさとじいちゃんは面識がある訳ではないのだが。


おとうさん・・・・・はあまいのがすき? 」


「ハハハ…… りいさ、じいじ・・・だよ 」


「じいじ? 」


 食後の団らんに笑い声が溢れる。 ばあちゃんはお茶を淹れながら少しじいちゃんの事を話してくれた。


「第二次世界大戦を経験した人だったからねぇ。 子供の頃はご飯やおやつと言えばカボチャだったそうだよ…… 」


 じいちゃんは終戦直後から農業と共に生きてきたのだと言う。 特に白米は口に出来ず、それならと独学で米を作り続けてきたそうだ。 全ては困っている人々の為…… 心意気が大きすぎる。


「まあそんな時代もあったものさね。  和樹君達はそんなこと気にしないでいいよ? 配給みたいに配り歩くお父さんのやり方じゃ儲からないからねぇ 」


 笑ってお茶をすするばあちゃん。 儲からないのは困るけど、その精神は受け継ぎたい。


「『ぴりか・通』は安価で提供出来るようにしてみるよ。 じいちゃんの集大成だしね 」


「大野さんはそうは思ってないみたいだけどねぇ。 説得するのは骨が折れるよ? 」


「説得するさ。 でもあの人は貫禄あるからなぁ…… 」


 再び笑いが溢れる。 不思議そうな顔を見せるりいさの頭を撫でて、『頑張るからね』と心の中で呟く。


 まもなく年末。 クリスマスに大掃除に年越しとイベントがいっぱいだ。 この忙しくなる時期に、僕はやらかしてしまうことになる。

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