第56話 クリスマスの日に

 12月24日。 クリスマスイブだというのに、僕は高熱を出して寝込んでしまった。 じいちゃんの意志を聞いて、張り切って納屋の大掃除を寒空の中でしたのが悪かったらしい。


「無理しないでって言ったのに 」


 響歌は体温計を見ながら、病院で処方してもらった薬を一回分ごとに分けている。


「39度か…… はい、和くん。 お尻出して 」


「えっ!? 」


「えっ!? じゃないよ、座薬挿してあげるから。 解熱剤は熱が上がってる時に挿すものだよ 」


 彼女の手には既に包装から剥かれた座薬が準備されていた。


「じ…… 自分でやるから! 」


「何恥ずかしがってるの! ほらほら、大人しくケツ出せや! 」


 足側の掛け布団をめくり、容赦なくスウェットと一緒にパンツを下ろされた。 アレをする時は平気だが、お尻の穴は無理です!


「ひぁ!? 」


 動けない事をいいことに、お尻を広げられて一気に挿入される。 体の中に戻ってくるようななんとも言えない感覚にプルプルっと震えると、彼女は僕の変化に気付いてクスクス笑った。


「あれ? 和くん元気になっちゃった? 」


 はい、前が少し元気になりました……


「ち…… 違うよ! これはその…… 」


 ああ…… 頭がボーっとしてよくわからない。


「シてあげる。 汗かけば治りも早いかも 」


「ちょっ! シャワーも浴びてないし…… 」


 何言ってるんだ僕!


「ウソウソ、意地悪してゴメンね。 お湯持ってくるから体拭いてあげる 」


 彼女はおでこに軽くキスをして寝室を出ていった。 いや……パンツは元に戻してよ……





 程なくして響歌は、洗面器とタオルを手にりいさと一緒に戻ってきた。 時計を見ると9時半を回っている。


「パパ、だいじょうぶ? 」


「まだ起きてたのか。 早く寝ないとサンタさんはプレゼント持って来てくれないよ? 」


「うっ…… くれるんじゃなくてあげるんだからくるもん! 」


「えっ? 」


 その言葉に響歌はクスクス笑いながら、タオルを絞って僕の背中を拭いてくれる。


「プレゼントはいらないから、パパの風邪を持っていって下さいだって。 これは何がなんでも治さないとだよ? 和くん 」


 りいさの健気なお願いに、パパは頑張らねばならない。


「大丈夫だよりいさ。 僕が自分でサンタにお願いするから、りいさは『うさ娘』のぬいぐるみを頼んで良いんだよ 」


 頭を撫でてやると、『ほんと!?』と満面の笑みを浮かべる。


「それと響歌。 風邪は明日までに治すから、みんなで外食しない? 」


 明日はクリスマスだ。 この日の為に前橋市のレストランを予約してある。


「話半分に聞いておく。 病み上がりでぶり返したらどうするの? 」


 タオル越しに背中を叩かれた。 けど僕は明日の為に用意しているものがあったのだ。 明日はクリスマスであり、響歌の誕生日。 センスがないかも知れないけど、結婚指輪を彼女にプレゼントするつもりだったのだ。


「治す! 絶対治すから! 」





 意地になっている部分が多々あったと思う。 汗を拭いてもらい、着替えをして意気込んで寝た僕だったが、結局25日も熱は下がらず。


「ごめん…… 」


「仕方ないじゃない。 きっと今までの疲れが出たんだよ 」


 おでこ冷却シートを張り直してくれる響歌は優しい。 誕生日の彼女に看病してもらうのは、ある意味特別な日になったが…… これは違うだろ。


「うん? その顔は、また何か余計な事を考えてるな! 」


 冷却シートの上からおでこをペチペチ叩かれる。


「わたしの誕生日だからって、頑張らなくてもいいんだよ 」


「あ…… はは…… バレてたのか 」


 彼女は『もちろん!』と笑う。


「その気持ちだけで嬉しいんだよ。 プレゼントって確かに嬉しいけど、元気な和くんが側にいる…… ずっと側にいてくれる事がなによりのプレゼントなんだから 」


 逆の立場だったら僕もそう思うかもしれない。


「うん、ずっと側にいる。 響歌、ちょっと座ってて 」


「うん? うん…… 」


 きょとんとする彼女をその場に残し、重い体を起こして愛用のボディバッグを漁る。 リングケースを取り出して彼女の前に正座し、蓋を開けてみせた。


「え…… 」


 ホントはパジャマ代わりのスウェット姿で渡したくなんかないけど、今がいいのかなと思った。


「証ってわけじゃないけど、やっぱりこういうのって必要じゃないかなと思って。 左手出して 」


「え…… え…… 」


 呆ける彼女の左手を取って指輪を薬指に嵌めてみる。 彼女が寝ている間に下調べした甲斐があってサイズはピッタリだ。


「……  ありがとう…… めっちゃ嬉しい! 」


 目に涙を浮かべて抱き付いてきた響歌に、そのまま布団に押し倒されてしまった。


「これの為にそわそわしてたの? 」


「ま…… まあ。 もっとムードある所で渡したかったんだけど 」


「ううん、そんなもの気にしない! 和くんの気持ちがとっても嬉しいから 」


 田んぼの真ん中でプロポーズに、寝込んでムード台無しの婚約指輪。 これはこれで特別なのかもしれないけど。


「パパいじめちゃダメ―!! 」


 バンと襖を開けてりいさが突っ込んできた。 実家から朝一で届いたもふもふの『特大めー娘』のぬいぐるみを脇に抱え、僕と響歌の間に割り込んでくる。 だが響歌の方が一枚上手。


「りいさ! わたしにもサンタさん来たよ! 」


「うひゃあ!? 」


 指輪を見せつけはしなかったが、彼女はりいさを挟むように僕を抱きしめるのだった。

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