第57話 新年が明けて

 新年が開けて。 年末年始にかけて寒波に見舞われ、中川町も20センチくらい雪が積もった。


「おお…… 」


 カーテンを開けると一面の銀世界。 スキー場や北国ほどではないが、雪に縁のなかった僕には新鮮な景色だ。 


「おお!? 」


 りいさも窓ガラスに張り付いて、僕の真似をして感嘆の声を上げる。 この子もこれだけの雪を見るのは初めてらしい。


「りいさ、お外で遊んでこよっか! 」


 既にダウンコートとマフラーを装備していた響歌は、興奮しているりいさを誘う。


「…… さむくない? 」


「動いたら寒くないよ。 ほら、お揃いのマフラーだぞぉ? 」


 彼女は自分と同じタータンチェックのマフラーを広げ、有無を言わさずりいさの首に巻いた。 『わぁ!』と目を丸くして、肌触りを確かめている。


「ハハハ…… それじゃ、雪だるまでも作ってみるか 」


 僕も同じ柄のマフラーをクローゼットから出して首に巻く。 家族で何かお揃いの物をと、響歌からクリスマスにプレゼントしてくれたのだった。


「おんなじだぁ! えへへ! 」


「あっ! 走らないでよ! 」


 マフラーに喜びながら部屋を飛び出していくりいさを、響歌は慌てて追いかけていく。 普段見せない子供らしい行動に、僕の頬も自然と弛んでいた。





 玄関を出ると雪混じりの冷たい風が吹き付ける。


「さむ…… 」


 田中家は本格的な石油ストーブとペレットストーブがあって、家の中は半袖で過ごせるほど暖かい。 窓が重い二重窓だったりと、断熱対策はじいちゃんの意向だったと聞いて、流石北国出身だなと顔を思い出す。


「おーい! パパー! 」


 響歌とりいさは早速合鴨小屋に走り、僕を大きな声で呼んで中に入っていく。 彼女らに大きく手を振った後、ポケットに手を突っ込んでまっさらな雪原に出来た足跡を追ったその時だった。


「うん? 」


 車の走る音に、ふと公道に目が向く。 いつか見た黒いワンボックスの高級車が走り去って行くのが見えた。


「…… 」


 なんだか胸騒ぎがして足が止まった。 同型の車なんていくらでもあるのだから気にする事はないのだが、福山とその男が押し掛けてきたあの日を思い出してしまう。


「和くーん! 早くー! 」


 響歌が小屋から顔を出して僕を手招きする。 もう終わった事なのだからと気持ちを切り替えて、響歌に『今行くよ』と答えて小屋に急いだ。




 今は小屋には合鴨達はいない。 田植えに合わせて取引先から合鴨の雛をレンタルし、水田から水を抜く頃に大きくなった合鴨を取引先に返すのだ。


「カモさんげんきかな? 」


「うん? きっと元気にしてるよ 」


 返した合鴨達のその先はりいさには言えない。 去年はりいさが来る前に合鴨を返したから良かったが、今年はどうなることやら……


「さ、雪ダルマ作ろう! 誰が一番大きな雪ダルマを作れるかなぁ? 」


 響歌はわざと大きな声で、核になる雪玉を握る。 それを雪原の上に転がすと、コロコロ転がる度に雪玉は少しずつ大きくなっていく。


「りいさもやる! 」


 やり方を見ていたりいさが彼女の真似をし始めた。 もっと押し付けるように転がせばいいのに…… と、彼女が雪ダルマの作り方を知らない筈がなく、りいさとの時間を楽しんでいるのだろう。


「和くんは大きなお父さん雪ダルマ作ってね 」


「えっ? どのくら…… い…… 」


 ニタァと頬笑む彼女の様子からして、僕の等身大を作れと言う事なのか?


 二人でりいさの手伝いもしながら、一時間ほどかけて3つの原型が出来た。 ここからはペタペタと雪を張り付けて形を整えていく。  


「あっ、人参とじゃがいも取ってくるよ 」


「はーい 」


 人参は鼻に、じゃがいもは目と口に。 帽子は納屋にあるバケツでいい。 手は適当な枝かほうきで、マフラーは…… そんなことを考えながら家に戻る。


「ん…… なんだこの匂い…… 」


 家に近づくと、なにやら鼻をつく匂いがした。 ガスじゃない…… 灯油か? どちらにしても家にはばあちゃんがいる。 嫌な予感がして家に飛び込むと、居間には見慣れないロングコートの後ろ姿があった。


「ば…… ばあちゃん!! 」


 その足元にはうつぶせで倒れているばあちゃん。 駆け寄ろうとしてその足が止まる。


「福山…… 」


 ロングコートの正体は呆然とばあちゃんを見下ろしていた福山だった。 キッチンには倒れたポリタンク。 その口からは今もドボドボと液体が流れている。 僕の頭の中はもう真っ白だった。


「何やってんだよ! 」


 福山を背中から突き飛ばしてばあちゃんに駆け寄り抱き起こす。


「ばあちゃん! ばあちゃん! 」


「う…… 」


 とりあえず息はある! すぐに119番通報して救急車を呼び、福山を睨み付けた。


「お前がやったのか!? 」


「アタシじゃない…… 勝手に倒れただけなんだから! 」


 やったかやらないかなんてどうでもいい。 どちらにせよコイツが原因であることは間違いないのだ。


「何し…… 来たんだよ! 」


 気が動転していて言葉が続かない。 見下ろす彼女は真っ青な顔で、頬がかなりこけていた。


「アンタが悪いんだ。 アタシの人生めちゃくちゃにしやがって 」


 絶望に囚われた目…… とでも言うだろうか。 何もかも諦めたその目は、僕が会社に裏切られたあの時の目に似ていたのだった。

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