第43話 違うでしょう?
りいさが『杜のくまさん』に通い始めて一週間が経った。 最初は慣れるか心配だったが、子供の適応力というのは本当に凄い。 気の合う女の子と仲良くなったと思ったら、あっという間に子供達の輪の中に馴染んでしまった。
「雰囲気を読むのが上手な子です。 あれならお父さんが離れても心配ないでしょう 」
渡辺さんからそれを聞いて安心した反面、違うだろうと否定する僕がいる。
「渡辺さん、あの子をよく見てやってくれませんか? 顔では笑ってるけど、僕には愛想笑いをしているだけにしか見えない 」
「…… ? 」
「あのくらいの子供が、なんで空気を読んで友達と付き合わなければならないんですか? 」
渡辺さんは僕を見たまま何も言わない。 いや、言えないのかもしれない。
「あの子は本当の母親をなくし、言われるがままにたった一人でこの町まで来ました。 神奈川からですよ? それだけあの子の環境はボロボロだった…… そう思うんです 」
表面だけを見るのなら、ここに通わせる意味がない。 そう考えて僕は、りいさをここに通わせようと思い立った経緯を渡辺さんに話した。
「楽しかったかい? 」
午後3時前には引き上げて、僕は後部席のりいさにルームミラー越しに話し掛ける。 りいさは助手席に乗りたがったが、万が一の事故の危険性と、響歌との差別化をしたかったのだ。
「…… うん! 」
元気な返事が帰ってきたが、少し間が開いたのは見逃さなかった。 まだ一週間しか通ってないせいもあるのだろうが、やはりりいさは楽しくないらしい。
「お友達は出来た? 」
「うん! 」
「…… 渡辺さんは好き? 」
「う…… ん! 」
どれもイマイチな反応だな……
「じゃあ三ツ石さんは好き? 」
「うん、好き! 」
なるほど。 やはり彼女が鍵になるような気がする。 来週早々、子供とのつきあい方を聞いてみようと思った。
夕食後、ばあちゃんとりいさが遊んでいる横で響歌にその話をすると、彼女は腕を組んで『うーん』と自分の行動を振り返っていた。
「確かにわたし達って、そこまで言わなかったよね。 言う必要がなかったというか…… 」
一週間…… と言っても今週通ったのは3日だが、りいさと三ツ石さんのつきあい方を見ていて気付いた事がある。 それは言葉遣いで、『何々をしよう』と明確な行動を示す事だ。
小さな子と触れ合った事もないから―― というのは言い訳かもしれないが、普段通りの会話でりいさには十分通じる。 それだけりいさが空気を読むのだ。
「りいさ、お風呂入ろう! 」
早速響歌が実践する。 するとりいさはびっくりした様子で僕と響歌の顔を見比べていた。
「パパも? 」
「響歌と入っておいで。 お風呂の掃除もあるから、僕はその後で入るから 」
一瞬寂しそうな表情を見せたが、りいさは何故か気合いを入れてバスルームへと走っていく。
「…… なに? 」
「さあ…… 」
訳がわからず彼女と顔を合わせて首を傾げたが、素直に言うことを聞いたのも珍しかった。 響歌も『よぉし……』と腕まくりをしてバスルームに走っていく。
「少し心変わりしてきてるのかねぇ? 」
そう言ってばあちゃんがお茶を淹れてくれた。
「どうだろう…… でもあの子を引き取ってもう2ヶ月過ぎたんだし、そろそろ変わって貰わないと 」
「まだ2ヶ月だよ和樹君。 焦らない焦らない 」
ズズッとお茶をすするばあちゃんは変わらず笑顔だ。 焦らないと言われても、少しは変わってくれないと僕達が参ってしまう。
「響ちゃんをママとは呼ばせないのかい? 」
「…… うん。 響歌とも話したんだけどさ…… 」
きっと僕が『ママと呼びなさい』と言えば、りいさはママと呼ぶようになるだろう。 でもそれはりいさが響歌を母親として呼ぶのではなく、強要に過ぎないと響歌が嫌がったのだ。
「りいさの中のママはまだ乃愛だろうって。 だからあの子自身からママと呼んでくれるまで待ちたいって 」
それは僕達の婚姻届を提出しない理由の一つでもあった。 家族であるりいさが認めてこそ、自分達も夫婦になれると彼女は信じている。
「そうかい? 」
ばあちゃんはりいさの事は焦るなと言うのに、僕達の結婚の事になると少し急かしているように思う。 どうしてなのかと聞こうとしたその時だった。
「えええっ!! 」
突然バスルームの方から響歌の叫び声が聞こえた。 『キャー』ではないので慌てず様子を見に行くと、湯船に浸かった二人にジロリと睨まれる。
「…… どうしたの? 」
「いや…… なんでもない 」
ハッと我に返って動揺する響歌と、何故か目線を合わせないりいさ。 この時彼女達が話していた事が、一騒動起こすのを僕は知るよしもなかった。
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