第44話 お礼とお披露目

 土曜日、自家用車のお披露目とお礼を兼ねて、僕は響歌とりいさを連れて神奈川の実家へ帰省した。 一泊するつもりはなかったので朝早くに出たせいか、乗り心地が良かったのか、りいさは後部席ですやすやと寝息を立てている。


「…… 」


 響歌は外を眺めたまま。 あまり会話はなく、たまに僕をチラッと見ては『なんでもない』と苦笑いする。 なんだ? 怒ってる?


「昨日からどうしたの? 」


「えっ? ううん! なんでもないよ! 」


 様子が変だと自分でも気付いたのか、持ってきたお菓子を取り出して袋を豪快に開ける。


「ポッキーゲーム、する? 」


 いやいや! ポッキーを口に咥えて『んー』というのは可愛いが、運転中だし! 高速道路だし! 前を向いたまま口の端で噛れるだけ噛ると、彼女の方からキスをしてきた。


 怒っている訳ではなさそう…… じゃあ、なんだ?


「あのさ響歌…… 」


「ポッキー! りいさもやるー! 」


 悩んでいる様子の響歌に聞いてみようとした途端、りいさが起きて後部席で暴れ始めた。


「ちょっと休憩しようか…… 」


 ちょうど見えてきたパーキングエリアに車を滑らせ、トイレへと向かった。 響歌もりいさの手を引いてトイレへ。 見てるとなんだか距離が縮まったように見えるのは気のせいだろうか。


 休憩をした後はそのまま神奈川へと入り、実家に到着したのは正午過ぎだった。


「りいさちゃーん! 」


「おねーちゃん! 」


 真っ先に出迎えたのは美優だった。 耳打ちしてきた母さんの話では、一時間も前からそわそわして玄関に出ていたらしい。


「ありがとうな、美優。 いい車を買えたよ 」


「あ…… 兄貴の為じゃなくてりいさちゃんの為! 」


 そう言って美優はりいさの手を引いて自室へと籠ってしまった。 響歌に対しては相変わらず愛想が悪く…… でもなんとなく少し当たりが柔らかくなったような気がする。 響歌もそれが感じるらしく、苦笑いを僕に向けていた。


「泊って行くのよね? 晩御飯は何がいい? 」


「いや、日帰りしようと思って朝早く出てきたん…… 」


「えええっ!? 」


 今日は母さんが大声で叫ぶ。 どうせ僕を肴にお酒が飲みたいだけなんでしょうが!


「和樹、ちょっと僕に車の中を見せてくれないかい? ハイブリッド車って興味あるんだ 」


「えっ? うん、はい鍵 」


 父さんは車を持っていないし、興味があるとも思わなかったけど。 お義父さんが言うように、やっぱり車は男のロマンなのかなと鍵を渡す。


「はい、さくら 」


 父さんは車に近寄ることもなく、流れ作業のように母さんに鍵を渡した。 えっ?


「修ちゃんナイス! ふふーんバカ息子、取れるものなら取ってみなさい! 」


 鍵を受け取った母さんはドヤ顔で胸の谷間に鍵を埋めてしまった。 こんのぉ…… 年甲斐もないことしてんじゃないって!


「ちょっ!? 」


 そんな所に入れられたらいくら息子だって手を出しずらい。 それでも取り戻そうと一歩踏み出すと、母さんは『キャー!』と若造りの悲鳴を上げてリビングに逃げて行った。


「はぁ…… 」


「まぁいいじゃん。 お義母さんも和くんが帰ってきて嬉しいんだよ 」


 明日は特に予定はないからいいけど。 ばあちゃんに連絡を入れると、『ゆっくりしておいで』と優しい声で返されたのだった。




 夕飯は宅配寿司を頂いた。 中川町では宅配寿司の店がなく、りいさも初めてで顔を綻ばせて喜んでいた。 母さんの好物のいくら軍艦が大量に入っていたのは気のせいだろうか。


「ほら、響歌も飲めるでしょ? 」


 ほろ酔いの母さんは僕達にまでビールを注いでくる。 アルコールにあまり強くない僕達はすぐに酔っぱらい、響歌は酔い潰れてしまって先に寝かせた。


「ふーん、りいさちゃん次第…… か 」


 最後まで残ったのは僕と母さんだけ。 父さんも早々に切り上げ、美優とりいさはお風呂に行っている。


「あまり長引くのも、響歌が可哀想よ? 」


 話していたのは結婚式の事だ。


「わかってはいるけど、本人がそう言ってるんだ。 無理強いはしたくないよ 」


「バカねー。 そこであんたが『ついてこい』オーラ出さないからでしょ? 男女平等の世の中だけど、頼れる男ってやっぱりカッコいいものよ? 」


 『頼れる』ねぇ…… ウチはここぞという時には父さんが決めていたっけ。


「修ちゃんが聞いてたら『和樹の人生なんだから』って怒られるけど、彼みたいにバシッと決めてみなさいな 」


 グイッと500ml缶を飲み干した母さんは、話は終わりとばかりに立ち上がる。


「さぁて、美優とりいさを揉んでくるかぁ! 」


 と、大きく伸びをして風呂場に消えていった。


「…… えっ? 」


 母さんと入れ違いで、バスタオル姿の美優が顔を真っ赤にしてリビングに入ってくる。


「兄貴! アンタねぇ! 」


「ばっ!? なんて格好で出てくるんだよ! 」


 団子にした髪はぬれたまま、肩や胸元に水滴を残したままで僕の胸ぐらを締め上げる。


「浮気してんじゃないわよ! なに考えてるのよ! 」


 …… は?


「はぁ!? 」


「しらばっくれるんじゃないわよ! 幼稚園の先生見てニヤけてるって言うじゃない! 結婚間近に控えているのに! あたしってものがいるのに! 」


「何の話だよ! 」


 前後に激しく揺さぶられて一気に気持ち悪くなる。 そういえば美優も酎ハイ飲んでた!? 酔っぱらってるのか! 顔が真っ赤なのはそのせいか!?


「バカ兄貴ー! 」


 涙目でなおも揺さぶる美優にもオチがあった。 ハラハラっと体に巻いていたバスタオルが落ちてしまったのだ。


「に゛ゃあ゛あ゛ぁ!! 」


 おもいっきり突き飛ばされ、後頭部に強い衝撃を受けて、僕の土曜日は終わりを迎えるのだった。

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