第45話 夜中のゴメンナサイ

 目を覚ますと、シーリングライトの常夜灯の明かりの中に僕を覗き込む響歌の顔があった。 そうか、僕は美優に突き飛ばされて気を失ったんだっけ。 常夜灯にしてるってことは、もう真夜中なのだろう。


「…… あれ? 」


 頭の下の柔らかい感触に、膝枕をしてくれているのだと気付く。


「大きな音がしたからびっくりしたよ。 頭、痛くない? 大丈夫? 」


「まぁ、なんとか 」


「和くんは倒れてるし、美優ちゃんは裸だし、りいさは大泣きしてるし。 何事かと思ったよ 」


 柱に激突した音を聞いて飛び起きた響歌は、素っ裸でパニックになっていた美優から事情を聞いたらしい。 事の発端は、りいさの『パパが浮気してる』宣言だった。 デイサービスで三ツ石さんにアドバイスを受けたり、二人の様子をじっと観察していたのを、りいさは『このおねえさんが好き』と勘違いしたのだ。


 響歌もその事を風呂で聞いて驚き、気にはなるも聞けずが、昨日のおかしな雰囲気だったというわけだ。


「はは…… 迷探偵りいさだな。 浮気なんてしないよ 」


「ゴメンね、疑ったりして。 考えてみたら、和くんに不審な点はないもんね 」


 苦笑いをする響歌に優しく微笑んでやると、もう一度『ゴメン』としょげてしまった。


「迷探偵は? 」


「美優ちゃんが部屋で見てくれてる 」


「んで美優は? 」


 すると響歌はクスクス笑い始める。


「兄想いの可愛い妹だね。 あんなに慌てるとは思わなかったけど 」


 イマイチ話が見えなくて聞いてみると、美優は真っ青な顔で僕を抱いて『お兄ちゃんお兄ちゃん』と呼びかけていたと言う。


「裸なのも忘れて和くんを介抱して、お義父さんにも手伝ってもらってこの部屋に運んだの。 それっきり部屋に閉じ籠っちゃったけど、わたし彼女に負けちゃいそう 」


「ああ…… 僕が仕事で倒れた時も大騒ぎだったって聞いたよ。 ブラコンの妹で恥ずかしい 」


「ダメだよそんなこと言っちゃ。 わたしは一人っ子だから見てて羨ましいし、兄を慕う妹って貴重だよ? 足蹴にされる方がほとんどだって聞くんだから 」


 まぁ…… 美優が僕に恋心を持っているとは響歌には言えない。 響歌と美優が良い関係を保てるよう僕もしっかりしなきゃだな。 まずは美優の誤解を解かないと。


「起きて大丈夫? 」


「うん。 もう大丈夫、ありがとう 」


 響歌に力こぶを作ってみせてドアを開ける。


「うわっ!? 」


 びっくりした…… そこにはダボダボの白いワイシャツ姿の美優が暗闇の中に立っていたのだ。 美優は肩を落とし、とても申し訳なさそうに俯いて上目遣いで僕を見つめている。


「…… ずっとここでそうしてたわけじゃないよな? 」


「ちっ…… 違うわよ! 声が聞こえたから…… その…… 悪かったわよ 」


 頭を下げると、そのまま僕の胸におでこをぶつけてきた。 素直に謝れないせめてもの姿勢なんだろう…… というか、パジャマ代わりに着ているそのくたびれたワイシャツ、もしかして僕の高校の制服のやつか?


「美優ちゃん、ちょっとお話しない? 」


 響歌が声をかけると、美優は『もう遅いので』とやんわり笑って断る。 響歌に対してトゲトゲだったけど…… うーん、女ってわからない。


「も…… 元はと言えばアンタが悪いんだからね! 勘違いするような行動してたんじゃないの!? 」


「してないよ。 子供との付き合い方のアドバイスを受けてただけだって 」


 もう誤解は解けているらしい。 無理に引き留めると機嫌を損ねることは知っているので、茶々を入れるのはやめておいた。


「…… なに笑ってるのよ 」


「えっ? 」


 口を尖らせてじっと僕を見上げる美優。


「え…… いや、お前に謝られるなんて初めてかな…… と思って 」


「うっさい! そこまで子供じゃないわよ! もういい、寝る! 」


 『心配して損した!』とブツブツ呟きながら、美優は自分の部屋へと帰って行った。 デレなあいつも可愛いけど、ツンな方がなんとなく安心している自分に可笑しくなる。


「笑っちゃ失礼だよ。 美優ちゃんもホントに反省してたんだから 」


「いいんじゃないかな、きっと兄妹ってこんなものだよ。 さっ、僕達も寝ようか…… もう3時だけど 」


 多少強引に響歌をベッドに引きずり込み、彼女を抱きしめて目を閉じる。


「くるし…… どうしたの? 」


「ううん、なんでもないよ 」


 面と向かってやきもちをやいた美優にも嬉しかったが、りいさの一言に振り回されても素直に僕を信じてくれる響歌が愛しくて。 『僕についてきてよ』と想いを込めて抱きしめたのだが、やはり言葉は大切らしい。


「愛してるよ、響歌 」


「…… うん、わたしも 」


 揺るがない愛を確認しあった僕達だったが、僕の浮気疑惑はそれだけでは終わらなかったのだった。

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