第46話 あいじん
実家から帰ってきた翌日。 りいさは今週から『杜のくまさん』へは週5日通うことになる。 僕は渡辺さんにアドバイスを受けて、今日からりいさを送り迎えだけにすることにした。
未だに余所余所しいりいさに不安はあったが、僕がずっと側にいると友達に慣れづらいのかもしれないと渡辺さんに提案されたのだ。
「それじゃ、よろしくお願いします 」
友達に手を引かれていくりいさを見送り、僕は渡辺さんに見送られてエントランスを出る。
「お迎えは少し早めにしましょう。 徐々に慣らしていく方がりいさちゃんの負担も少ないと思います 」
ということで、今日は午後1時のお迎えになった。 車を駐車場から出そうとした時、エプロン姿の保育士さんが走り寄ってくる。 三つ編みおさげの三ツ石さんだ。
「咲原さん! あのっ! 」
少し慌てた様子の彼女に少し不安を覚える。 来て早々、りいさに何かあったんだろうか。
「ど…… どうしました? 」
「あのっ! お聞きしてもよろしいでしょうか! 」
大きな目を一際大きくして潤ませ、頬はほんのりと赤みを帯びている。 まさか彼女の方から…… と思うのは自意識過剰だろうか。
「あのキーホルダー、どこで手に入れたんですか!? 」
「…… えっ? キーホルダー? 」
彼女はコクコクと力強く頷く。
「りいさちゃんのバッグに付けている『にゃん娘』ですよ! 初販で数が少なくて、復刻もなくて手に入らない激レア品なんです! 」
に…… にゃん娘?
「先週は『たぬ娘』が付いてたので、『びー娘』が好きなんだなって思ってました! 教えて下さい! どこで『にゃん娘』を手にいれたんですか!? 」
この人、『びー娘』ファンだったのか! 僕の手を握って祈るように胸の前に抱え、必死に訴えてくる。 待て待て! そんなに詰め寄られるとまた勘違いされるって!
「いや…… りいさが知り合いから貰ったもので非売品なんですよ! 」
妹が『びー娘』の生みの親とは言えない。 彼女の目はファンを通り越して異常な信者的なものに思えたのだ。
「知り合いってどなたですか!? 関係者ですか!? りいさちゃんはお姉ちゃんから貰ったって言ってたんですけど! 」
「ちょっ! 落ち着いて三ツ石さん! 」
なおも詰め寄ってくる彼女の手を振りほどいて、肩を掴んで無理矢理引き剥がす。 すると彼女は僕を真っ直ぐ見上げたまま、ぶわっと涙を浮かべた。
「好きなんです…… もう一目惚れで…… 欲しくてたまらないんです…… 」
涙が彼女の頬を伝う。 待て待て! なんだこの告白シーンは!
「わ…… わかりましたから! その人にもう一つ貰えないか聞いてみますから! 」
なんとかごまかして彼女から離れる。 こんな所をりいさに見られたらまた……
「…… 」
はい、プレイルームの窓のりいさとしっかりと目が合いました。 また変な勘違いをしなきゃいいけど……
「あの、三ツ石さん。 りいさのことは頼みますよ? 」
忠告の意味も込めてやんわりと怒ってみると、ハッと息を飲んだ彼女は顔を真っ赤にして頭を下げた。
「ごっ! ごめんなさい私! その…… ずっと欲しかったキーホルダーだったので思わず…… 」
「いや、いいんですけどね。 それじゃお昼過ぎに迎えに来ます 」
頭を下げまくる彼女に『仕事に戻って』と促し、僕はその場を後にした。
一度家に戻って冬支度の雑作業を終わらせ、予定の午後1時に合わせてりいさを迎えに行く。
「りいさちゃん、また明日ね! さようなら! 」
エントランスで三ツ石さんに見送られ、りいさの手を引いて車に乗り込む。 帰り際にまた彼女に頭を下げられたが、眉を寄せて困った表情をして見せると彼女は真っ赤になりながら苦笑いしていた。
「楽しかったかい? 」
車を運転しながら、りいさの様子を少し探ってみる。 『うん!』と元気に返事を返したりいさだったが、ルームミラー越しに僕をじっと見ている。
「どうしたの? 」
「ななせんせいはパパのあいじん? 」
直進なのに思わずハンドルを切りそうになった。 なな先生というのは三ツ石さんの事。 そんな言葉をいつ覚えるんだこの子は!
「違うよ。 りいさは『あいじん』って何の事かわかるの? 」
「うーん…… すきなひと? 」
「僕が好きなのは響歌だけだよ 」
「りいさは? おねーちゃんは? ななせんせいは?」
響歌だけという表現に、りいさは少し寂しそうに呟く。
「もちろん好きだよ。 だけどね、響歌は『愛してる』で、りいさや美優は『好き』なんだよ 」
「すきとあいしてるはちがうの? 」
言葉にするとなんだか難しい。
「好きよりもっと好きなのが愛してる…… かな。 人によっては愛してるも好きっていうけど、恋人とか夫婦とか…… 一緒にいたいと思う人に対して言うんだよ 」
「じゃあパパはりいさといたくない? あいしてるじゃないとパパといっしょじゃない? 」
「そんなことないよ! え…… と…… 」
そう聞かれて言葉に詰まってしまった。 二つの線引きなんて曖昧だし、恋人や夫婦と言ってもわからないのだろう。
どうやって説明したものか…… 改めて日本語の難しさを痛感したのだった。
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