第50話 同窓会

 神奈川県横浜市にある、JR横浜駅に程近いホテルの中宴会場が同窓会の会場だ。 僕は日帰りするつもりだったので自家用車で来ようと思ったのだが、響歌は『お酒がつきものなんだから!』と許してはくれなかった。 ついでに、せっかくなんだから実家に一泊するようにと家を追い出され、『余計な事は考えるな』と今日一日は連絡もいらないと言う。


「はぁ…… 」


 別に楽しみにしていたわけではない。 大きくため息を吐いて、二階の会場に続く螺旋階段を上る。


「おぅ! 咲原じゃないか! 」


 階段を上っている最中に後ろから声を掛けてきたのは中谷なかやだった。 相変わらずがっしりした大きな体格で、柔道部に所属していたスポーツマンだ。 体格に似合わず気さくな性格で、比較的誰にでも声をかける親しみやすい奴。 ただ当たりが強めで僕はちょっと苦手なのだが。


「元気だったか? お前、もやしみたいだったから心配してたんだよ。 ハハハ! 」


 横に並んでバシバシと肩を叩いてくる。


「痛いって。 中谷も相変わらず、みたいだね 」


 『悪い悪い』と彼は笑顔で頭を掻く。 仕事は何をしてるとか、彼女はとか、そんな雑談をしながら階段を上がり、会場前のホールではカジュアルドレスの二人組が受付をしていた。


「あっ! 中谷君! やっほー! 」


 ピンクのワンピースの稲垣いながきが僕に手を振ってくる。 ムードメーカー的な存在だった彼女もあまり変わっていないらしい。


「あれー! 咲原君だよね? 」


「えっ…… そうだけど…… 」


 なんだ? いくらなんでも『覚えてない』ってオチじゃないよね?


「なんか雰囲気違うね! カッコ良くなったんじゃない? 」


 手のひらを差し出してニコッと笑顔を向ける稲垣は可愛い。 人気も昔からあったが、化粧もあるのか今は更に可愛く見えた。


「え…… と。 ありがとうって言っておくけど、この手のひらは会費割増ってことじゃないよね? 」


 チッ! と舌打ちをする稲垣。 すぐに笑顔に戻るあたり雰囲気を和らげる為の冗談らしい。


「新垣さんも見違えた。 可愛いっていうのも失礼かな…… 綺麗だよ 」


「あはは、お世辞でも嬉しい。 言うようになったねぇ! 」


 ケラケラ笑う新垣は『何もでないよぉ?』とおばさんのように手を返す。 その隣で僕をじっと見上げる青緑色のドレスの彼女は……


「仁科さん…… だよね? 」


「ふぇ? あ…… うん! 久しぶり…… 」


 驚いた。 学生時代はちょっと大きめの眼鏡をかけてそばかすが目立つ印象だったが、すっかりキャリアウーマン的な雰囲気のOL美人になっていた。 面影はあるものの、パッと見では彼女と気付かないくらいだ。


「委員長だったのか! 気付かなかったぞ! 」


 中谷は僕と同じように彼女の肩をバシバシ叩いて懐かしがる。 こういうところは男女分け隔てなく接するから中谷は嫌味くさくないんだけど…… 薄い服だから手加減してやれよ。


「もうみんな、来れなかった人以外揃ってるよ。 ほら入った入った! 」


 会費を払った僕達は、新垣に急かされて会場に入った。 中に入ると、ちょっと落ち着いたアジアンテイストの会場で立食スタイルになっていた。 これで30人貸し切り4000円は安い。


「おう中谷! 相変わらずデカいな! 」


 男連中に笑われて、中谷は更に大きな笑い声でその中に混じっていく。 僕は当初の予定通り、というか自然な流れで会場の隅に移動した。


「よお咲原! 元気だったかよ! 」


 大人しくしていれば声なんて誰からもかけられないと思っていたが、佐藤や鈴木といった陽キャだったクラスメイトが意外にも話しかけてくる。


「タケから聞いたぞ。 お前、群馬で農家やってるんだってな 」


「うん、まあ…… 」


「なるほどなあ。 色黒でいい体つきになってたのは畑仕事のおかげか! 」


 同級生達が地元や東京で営業やデスクワークをしていると言うから、堆肥臭いとか田舎くさいとか言われるのかと思ったらそうでもなかった。 逆によく地元を飛び出したなとか、農業の貴重な若手だとか褒められる始末。


「血色もいいよね。 高校の時のひょろっとしてるより全然いいよ 」


「ねーっ! イケメンもいいけど、今の咲原はいいかも 」


 女性陣も参加してきて、いつの間にか僕はみんなに囲まれていた。 僕って、この半年でそんなに変わったのか? 


「あのっ! 」


 仁科さんまでがグラスを片手に輪の中に入ってきた。 少し目が潤んでいるような? 同窓会が始まってそんなに経ってないが、もう酔っぱらってるのか?


「いっちゃえ弥生ー! 」


 後ろでは新垣と数名の女子達が盛り上がっている。 なんの話題だ? と周りを見ると、男子達もいつの間にか僕と距離を取っていた。 このシチュエーション、まさか……

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