第49話 美優からの贈り物

「和樹君、お手紙が届いてるよ 」


 農協の大野部長と話をして昼過ぎに家に帰ると、ばあちゃんがニコニコ顔で一通の封筒を差し出してきた。 差出人は美優だ。


「なんだ? 」


 封を開けてみると、昨日頼んだキーホルダーが入っていた。 わざわざ速達で送ってくれたらしい。


「ん? 」


 もう一つ同封されていたのは、実家の住所で僕宛に届いた同窓会の招待状だった。 二つ折りの往復はがきで、返信先は当時のクラス委員長の仁科 弥生にしな やよいだ。


「そりゃそうか…… 」


 ここに招待状が届く訳がない。 埼玉にいた時の郵便物転送はしているが、同級生はそもそも実家以外の住所を知らないのだから。


「うーん…… 」


 招待状を目の前にすると、興味はなかった筈なのにウキウキしてしまう。 とはいえ、当時僕を笑い者にした奴らも来るだろうし、話題にはきっと乃愛が出てくる。


「どうしたんだい? 難しい顔をして 」


「えっ? いや、何でもないよ 」


 招待状を見ながら深刻な表情をしていたらしい。 別に行かなければいいだけの話なんだから悩む必要はない。 でも出欠の欄の欠席に印をつけられない僕がいた。




 その夜、僕は同窓会の出欠を響歌に相談してみることにした。 が、まずは『杜のくまさん』の事を聞いてみる。 彼女にとってもりいさにとっても、渡辺さんにとっても有益なのかを知りたい。


「うん、表立って昔の事を話してくる事はなかったよ 」


 響歌は良かったのか悪かったのか判断に困る表情。


「無理してない? やっぱり僕が送り迎え―― 」


「無理はしてるよ。 でもきっと、続ける事が大事だと思うんだよね 」


 彼女は美優が送ってくれた『プロトタイプにゃん娘』のキーホルダーを目の前にぶら下げて見聞している。


「そっか、じゃあ任せるね 」


 『うん』と微笑んだ彼女だったが、その後『にゃん娘』越しに僕を白い目で睨み付ける。


「…… ん? 」


「三ツ石って子、初々しくて可愛いよねぇ 」


 またその話? 疑う目ではなく、これはやきもちの拗ねた目だ。


「それ、彼女に渡しておいてよ。 わざわざ速達で送ってくれた物だから 」


 『僕は持っていかないよ』と少し呆れた感じで答えると、『ゴメンゴメン』と彼女は上機嫌になる。


「それでさ、実家からこんなものが届いたんだけど 」


 キーホルダーに同封されていたと、さりげなく話題を振ってみた。 別に悪い事をしている訳じゃないのだが、後ろめたい気持ちになるのはなんでだろう……


「同窓会? いいじゃん、行ってきなよ 」


 彼女は笑顔を僕に向けたが、その表情はすぐに疑問形に変わる。


「えっ? 和くんは行きたくないの? 」


「うん、迷ってる 」


 迷っている理由を彼女に話すと、バシッと背中を叩かれた。


「胸を張ってよ! 昔がどうであれ、今の和くんは違うんだから。 カッコいいわたしの旦那様なんだよ? それに、人と人の繋がりって大事だと思うんだ 」


「そっか。 じゃあ…… 」


 はがきに現住所を書き込み、出席に印をつけようとした所でふと思う。


「響歌も同窓会ってやったの? 」


「やったけど、わたしは…… ほら、出れる立場じゃないから 」


 出席の文字を丸で囲むペンが止まる。 苦笑いする彼女に、どう答えていいか迷う。


「もう! そんな事気にしないでよ! わたしは自業自得なんだし、和くんは胸を張って出席する事。 いい!? 」


 彼女は僕のペンを強引に奪い取り、出席に大きく丸を付けて持って行ってしまった。


 迂闊だった…… 響歌は同窓会や友達とのイベントがあっても行きづらいんだ。 そう考えると僕だって行くべきではないと思うが、彼女はきっと無理矢理にでも僕を送り出すのだろう。


「はぁ…… 」


 なんだか少し息苦しい。


「どうしたの? パパ 」


 頭を掻いてため息をついていると、ばあちゃんと風呂に入っていたりいさがほどよく茹で上がっていた。 今日はちゃんと体にバスタオルを巻き、髪もターバンのようにタオルでまとめられている。


「なんでもないよ。 ほら、髪を乾かそう 」


 重い腰を上げてドライヤーを取りに行き、わしゃわしゃと細い髪を撫でていく。 ここに来た当初は肩に届かなかったりいさの髪も、今では背中の真ん中程までに伸びた。 ドライヤーの風に目を細めるりいさは、あの頃の乃愛にそっくりだった。


 あの頃のように、目立たない立ち位置でさっさと帰ってくればいい


 この子を守る為。 強いては響歌を安心させる為に、僕は高校時代と変わらない陰キャとして同窓会に臨むことを決めた。

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