第48話 彼女を信じて
今日から響歌の出勤時間に合わせて、りいさを『杜のくまさん』に送り届ける。 行きの車の中で響歌はずっと外を見たまま無言で、りいさもその雰囲気を感じ取って大人しく後部席に座っていた。
彼女が膝の上で組んでいた手にスッと手を置くと、彼女はぎこちないながらも笑顔を向けてくる。
「大丈夫、僕がいる 」
「うん 」
言葉にはしなかったが、彼女の笑顔は『頑張る』と言っているように聞こえた。
到着して車から降りようとすると、響歌は無言で首を振る。
「無理しなくていいんだよ? 」
「ううん、わたしを信じて 」
フワッと微笑んで、りいさの手を引いてエントランスに向かっていく彼女の背中を見送る。 真っ直ぐ前を見てゆっくり歩いていく彼女はカチコチに緊張しているらしく、それはりいさにも伝染ってしまっているようだった。
これはマズイ……
彼女を追いかけようとしたその時、エントランスの自動ドアから渡辺さんが姿を現した。 笑顔で軽く頭を下げる彼に、彼女の方が深く頭を下げている。
『わたしを信じて』という彼女の言葉を信じ、飛び出したい気持ちを抑えてその様子を見守った。
響歌の表情は見えないが、りいさが響歌を見上げて笑顔を見せる。 それにつられて渡辺さんが少し大袈裟に驚いて笑顔になった。
大丈夫、と思って良いのだろうか? 窓を開けていても会話は離れていて聞こえないが、渡辺さんに連れられて入って行くりいさを、響歌は手を振って見送っていた。
「お疲れ様 」
戻ってきた彼女に声を掛けると、『ふうぅ!』と大きく息を吐いて助手席に沈み込む。
「緊張したぁ…… ありがとね、和くん 」
「えっ? 何が? 」
「一人で行かせてくれて。 あの場に和くんがいたら、わたしきっと渡辺さんの顔を見ること出来なかったと思う 」
どっぷり疲れた顔をしていた彼女だったが、なんとなく満足しているように見えた。 多分、前に進めたんだと実感があるんだろう。 それを見て僕は町役場へと車を向ける。
「それじゃ、お仕事頑張ってくるかなぁ! 和くんの今日の予定は? 」
「農協の大野部長の所に顔を出してくるよ。 進捗状況を知りたいし 」
あれから『ぴりか・通』についての連絡はない。 少しでも農協関係の人と顔見知りになっておいた方がいいのかなと思ったからだ。
「そっか。 頑張ってね 」
町役場入り口のロータリー前で彼女を下ろし、僕はそのまま農協事務所へと向かった。
「げっ…… 」
事務所玄関の前には、優雅にタバコを吹かしている武石の姿があった。 同僚だろうか、同じような濃紺色のスーツを着た男達と一緒に雑談している。
気が合う訳でもなく、むしろ会いたくない部類なのに、どうしてこうタイミングが合うものなのかと。 仕方なく駐車場でUターンして、また後で来ようと駐車場を出ようとすると、奴にバレてしまった。
「なんだよ咲原、逃げる事ないじゃないか 」
「別に。 後でまた来ようと思っただけだけど 」
近づいて来たので窓ガラスを下げて応対したが、上から目線のこいつはやはりムカつく。
「そういやお前、同窓会はどうするんだよ? 案内行ってるだろ? 」
「同窓会? いや、来てないけど 」
高校を卒業して7年。 同窓会自体に興味はないが、もうそんなイベントをやるような歳になったんだなと感慨深く思ってしまった。 といっても案内は僕の所には来ていないし、参加するつもりもないのだが。
「なんだよ素っ気ない奴だなぁ。 まぁ鈴木の事はショックかもしれないけど、顔くらい出せよ。 来月の初めに横浜でやるからよ 」
何を友達ぶってるんだよ…… こいつが高校時代にしたことを僕は忘れていない。 曖昧な返事を返して、僕はそのまま気分転換にドライブに出た。
「何が同窓会だよ…… 」
当時陰キャだった僕に友達と呼べる奴はいない。 乃愛と付き合っていた間には武石らとつるんだ事はあったが、あの結果なのだから友達なんかではないのだ。
「まあ怒るだけ疲れるだけか 」
招待状すら届いていない僕には関係のないこと。 そう割り切って、僕は小一時間ほどあてのないドライブをした後、再び農協に向けて車を走らせたのだった。
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