第51話 同窓会の筈が……

「す…… 好きです咲原君! 高校の頃からずっと好きでした!! 」


「「「うおー!! 」」」


「「「きゃあー!! 」」」


 思い切った仁科の告白に外野の方がヒートアップする。 高校の頃から? なんですと?


「あ…… えと…… 」


 彼女は僕を真っ直ぐ見つめ、ドレスのスカートを固く握りしめている。 真っ赤に頬を染めているのは酔いのせいじゃないのはすぐわかった。


「不謹慎かもしれないけど、鈴木さんはもういないから。 今日再会して、あの時よりずっとカッコよくて…… 私の気持ちを知ってほしくてっ! 」


「いや…… 乃愛の事は別にいいんだけど…… 」


 公開告白なんて初めての経験だ。 はっきり『ゴメン』と言えばいいだけなんだが、それが出来れば苦労はしない。 どうしたものか…… 彼女にも恥をかかせないよう言葉を選んでいる時だった。


「そいつ、もう結婚してるぜ? 」


 横から口を挟んできたのは武石だった。


「…… へっ? 」


 武石に振り返った仁科は放心状態。 外野もピタッと動きを止めて、会場が沈黙に包まれる。


「だよな咲原。 この前おぶってたあの女の子はお前の子供だろ? 」


 武石はさも僕の秘密を知っていると言わんばかりの得意気な顔をする。 また余計な事を……


「違うでしょ、あれは乃愛の子よ 」


 その沈黙を破るかのように、どこにいたのか福山が割り込んできた。 なに?


「あれだけ派手にフラれておいて、よくもまあ父親が誰かもわからない子を引き取ったもんだわ。 未練がましいったらありゃしない 」


 フンと鼻を鳴らす福山に、武石が『なんだそれ!』と驚いて爆笑し始めた。 外野は唖然と僕と福山を見比べ、時折仁科に憐みの視線を向ける。


「…… 本当なの? 咲原君…… 」


 信じられないといった仁科が力なく僕に聞いてきた。 やっぱり来なければ良かったと、後悔してももう遅い。


「本当だよ。 乃愛の一人娘は訳あって僕が引き取った 」


「「「ええぇぇ!! 」」」


 一斉に驚く外野。 が、それにかまっている余裕はなかった。


 僕の事なら何を言われてもいい。 だが自分の娘をあれ・・呼ばわりされて、黙ってはいられなかった。


「福山。 君、乃愛ががん・・で余命少ないって知ってただろ 」


「な…… 何よ唐突に! 」


「乃愛の保険担当でもしてたの? じゃないと死亡保険金の金額なんて知らないもんね? 」


 僕の一言にみんなの視線が福山に集まる。 勘の鋭い何人かは、僕が何を言いたいのかもうわかったらしい。


「それがどうしたのよ! 何が言いたいの!? 」


「あいつ、お金に余裕なかった筈なのに死亡保険金の補償額が異様に高いんだよ。 おかしいと思わなかったの? 」


「本人の都合でしょ。 まるでアタシが補償額上げたような事言わないでよ! 」


 僕と福山を中心にざわざわと騒がしくなる同級生達。 みんな、楽しい時間の筈だったのにごめん…… でもこいつだけは許せない。


「あいつはそのお金の振込先を娘名義の口座にして、娘の未来の為に遺した。 君も僕の事を言えず物好きだよね…… わざわざ群馬まで男と一緒にあの子を引き取りに来るなんて 」


  おいおい……


  マジ? 


 同級生達の疑惑の視線が福山を追いたてていく。 やってやる…… こいつが、もうりいさに近づけなくなるように!


「うっさい! 行き場のなくなった親友の娘を引き取ろうと思って何が悪いの!? アンタこそ保険金目当てで子供引き取って、あんなド田舎に逃げたんだろ! 」


「逃げたのは否定しない。 でもそれは職場に裏切られて街に疲れたからだ。 りいさが僕の所に来たのはその後だし、あの子は自分の足で僕を訪ねてきた。 乃愛からも『娘を頼む』って手紙をもらってる。 なんなら証拠を見せようか? 」


 不意に肩に手を置かれて振り返ると、無言で福山を見据える中谷がいた。


「咲原君、この際だから言いたい事言っちゃいなよ。 私もこの女はずっと気に食わなかったんだよね 」


 そう言って僕の隣に寄り添ってきたのは、学生時代に福山や乃愛のグループにパシリ扱いされていた木下きのしただった。


「ほらっ! いいんちょもポカンと口開けてないで。 咲原君が好きなんでしょ! 援護しなさい!」


「えっ? きゃっ!? 」


 木下は唖然としていた仁科の腕を引いて僕にくっつけてくる。 勢い余って僕に抱き付いてしまったが、今の争点はそこじゃない。 気が付けば僕の周りには、同級生達が味方に付くように取り囲んでくれていた。


「おい愛里沙、鈴木をハメたってマジかよ? 」


「愛里沙ちゃん、前に乃愛ちゃんと連絡取ってるって言ってたよね? がん・・だったの知ってたならなんで病院を勧めなかったの? 今の医療なら治る病気だよ! 」


「知らなかったって言ってるでしょ!! 確かにノルマ達成の為にオプションとか上限を吊り上げたわよ! なんなのアンタ、生意気なのよ! 」


 福山は反抗した女子に食って掛かる。 僕はジャケットからスマホを取り出し、以前録音した家での会話を再生して福山に突き付けてやった。


 ― 元カノの子供なんて迷惑でしかないだろ? 俺と愛里沙で立派に育ててやるよ ―


「な…… にこれ…… 」


 福山は目を見開いてスマホを凝視している。


 ― ごちゃごちゃうるせぇんだよチビ。 どうせテメェも保険金目当てに子供を引き取ったんだろうが! ―


 ― 養育費として受け取った乃愛の保険金は、福祉団体に全額寄付したからもうないよ ―


 ― なんだって! 咲原アンタ! せっかくあたしが好きでもないあの子に取り入った意味がないじゃ…… はっ!? ―


 そこまで再生してやると、福山は諦めたように視線を逸らして大きなため息を吐いた。


「最低 」


 新垣の一言に会場の全員が福山を睨む。


「…… 陰キャの分際でやってくれるじゃない 」


 福山は唸るような低い声で呟き、オードブルに備え付けてあったナイフに手を伸ばした。 僕に向けて刃先を向けてくる。 その行動に皆は後ずさって大きな輪が出来た。


「ふざけんじゃないわよ! アタシの2000万返せ! 」


 酒も入っているせいか、福山も正常な判断が出来なくなっているらしい。 ナイフは怖いが、みんなを巻き込む訳にはいかない…… 腕にしがみついていた仁科を中谷に任せて一歩前に出た。

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