第52話 立ち向かえ
「やめとけよ福山。 同級生から犯罪者なんて出したくない 」
僕は精一杯の勇気を振り絞って、ナイフを向けた福山の説得を試みる。
「声震わせてカッコつけてんじゃないわよもやしが! 刺されたくなかったら2000万持って来い 」
「あれはりいさの物だ。 君に渡す理由はない 」
「アタシに口答えしてんじゃねぇ! 社会人デビューが調子に乗るな! 」
刃先を向けたまま福山は近付いてくる。 逃げちゃダメだ…… でもどうする!? 震える膝はもう限界に近い。
「はーいそこまで! 」
パンパンと手を叩く音が会場に響いた。 高校では僕と同じ部類だった
「二本柳! 危ないって!! 」
「ダイジョブダイジョブ! 」
躊躇する事なく近付いていく彼に、青ざめた福山が反射的にナイフを振り上げたその時だった。
「えっ!? 」
一瞬で福山が大の字に宙を舞う。 彼は振り上げた右手首を掴まえて素早く懐に入り、一本背負いを決めたのだ。
「っ!? …… 」
言葉を発する事もなくカーペットに押さえ込まれた福山は、天井を見上げたまま放心していた。
「まったく…… 同窓会くらいゆっくりさせてくれよ 」
二本柳は胸ポケットから二つ折りの黒い手帳を取り出して、僕と福山に開いて見せてきた。
「警察…… 」
「まぁね。 ということで福山亜里沙、恐喝および殺人未遂の容疑で逮捕するから 」
シーンと静まり返った会場にカチリと冷たく固い音が響く。 目の前で同級生が手錠をかけられる状況に、その場の誰もが興醒めしてしまっていた。
「それじゃ皆、俺はこいつを署に連れていくんでこれで失礼かな。 それと咲原 」
二本柳は未だ放心状態の福山の背中を押しながら僕に話しかけてきた。
「ナイスファイトだ! と言いたいところだけど、程々にしないと怪我するよ 」
ニコッと笑う彼は相変わらずの童顔系で、とても警察官には見えない。
「はは…… 助けてくれてありがとう 」
「それとその会話の録音データ、案件として提出しておくかい? 」
「いや…… どうしても必要になったらにしておくよ。 実際に手を出されたわけじゃない 」
そう言うと二本柳は軽く手を上げて、トボトボと歩く福山に合わせて会場を出て行った。
本当に逮捕ということにはならないと思う。 今回の件にしたって、福山は僕に怪我を負わせたわけではないから軽い処分程度で済むだろう。 二本柳が手錠まで持ち出したのは、福山が暴れて怪我をしない為の戒め。 だと思いたい。
「みんなごめん…… せっかくの同窓会を台無しにしちゃったよ 」
僕は同級生達に向かって深く頭を下げた。 次第にザワザワとしてくる彼らに、僕はなかなか頭を上げられずにいた。
「なに言ってるんだよ、おら! 飲み直そうぜ! 」
突然中谷に折った腰を抱えられて宙に持ち上げられる。
「そうだよ! 凶器を目の前にして一歩も引かないとか、やるじゃん! 」
びっくりした。 『この野郎』と厳しい言葉を投げられると思っていたのに、皆のあたたかい笑顔に感動してしまう。
「はい、咲原君 」
仁科がコップいっぱいに水を持ってきてくれた。 喉が張り付くほどカラカラだったので、ありがたく頂戴して一気に流し込む。
「咲原、どういうことなのかちゃんと説明してくれよ 」
それから僕は話題の中心になった。 りいさを引き取ることになった大まかな経緯を話し、福山が男と押しかけてきたことを話し…… 聞けば、乃愛の死は皆にとってもショックなことだったらしい。 思い出話をする女子達の中には涙を浮かべる人もいた。
「すげぇな、お前 」
意外にも真摯になって聞いていたのは武石だった。 僕の隣に移動してきた彼は、『まあ飲もうぜ』と溢れるくらいビールを注いでくる。
「弥生が惚れるのが分かったような気がするなぁ 」
稲垣が唐突にそんなことを言い出す。 そうだった…… 仁科に告白されっぱなしだったっけ。 丁重にお断りしなければ…… と、出来るだけ彼女を傷つけない言葉を頭の中で組み立てる。
「あの…… 仁科さん、後でちょっといいかな? 」
「ふぇ!? は…… はい! 」
誰も見ていないタイミングを狙って、仁科にそう耳打ちした。 彼女は真っ赤な顔ですっとんきょうな声をあげる。 公開告白はされたものの、公開失恋はどうかと思ったのだ。
「なーに? こそこそ話して。 そういえば弥生ってば、乃愛ちゃんに咲原君を取られて大泣きしてたよね 」
「なっ!? 泣いてないよ! 」
「えー!? そんなら言ってくれればコイツじゃないのにしたのに! 」
武石が仁科に拝むように謝る。 あの時僕は、乃愛じゃなく彼らに選ばれたらしい。
「そんなわけで咲原君、 いや咲原和樹! 場を荒らした罰として、今晩弥生と愛を語り合ってらっしゃい! 」
新垣はビシッと僕に人差し指を突き付けて、武石のネクタイを引っ張ってあっちに行ってしまった。
「ちょっ! 語り合ってって…… 」
周りを見ると、同級生達は空気を読んだのか既に散り散りになっている。 仁科に視線を向けると、彼女も僕を見て苦笑いで、なんだか気まずい。
「えと…… 好意を持ってくれてありがとう…… かな 」
「えへへ…… どういたしまして、かな 」
そんなに離れてはいないが人払いは済んでいる。 誤解を生まない為にも、僕は婚約者がいることを告白した。
「そっか…… そうだよね。 他の女の子が放っておくわけないよ 」
「ごめん、もっと早くに言うべきだったのかも 」
『ううん』と彼女は寂しげに首を振る。 すっかり顔の赤みは消えて、彼女は落ち着いた昔のままの雰囲気に戻っていた。
「あの…… どうして僕なんか? 」
「僕なんかなんて言わないでよ。 私にとって君は昔から特別だったんだから 」
え…… ロクに話もしてないのに? 陰キャだったのに? 訳が分からなくて頭がグルグルしてくる。
「君だけだったんだよ? 私を『委員長』って呼ばなかったの。 ああ…… この人は私を個で見てくれる人なんだなぁって…… そこから興味が沸いちゃった 」
嬉しそうに目を細める彼女が少しぼやけてかすむ。 頭がグルグルするのは、さっきたらふく飲まされたビールのせいかもしれない。 彼女には悪いが、昔話を聞いている余裕はもうなかった。
「咲原君? 」
「え…… ゴメン、ちょっと…… 」
そこで視界が暗転した。
― 咲原君! 大丈夫!? ―
側にいる筈の仁科の声が遠くなっていく。 僕はそのまま意識を手放したのだった。
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