第2話 デート?
田中さん家の住み込みの仕事は、朝が早くて体力仕事が多いが三食昼寝付き。 しっかり昼寝も頂き、無事合鴨小屋の掃除を終えた僕は今、響歌ちゃんを隣に乗せてドライブ中だ。
「助かるなぁ…… バスを待ってたら夕方になっちゃうもんね 」
「はは…… 大袈裟だなぁ 」
ドライブ…… ではなく買い出し。 近くに商店等はなく、10キロメートル先の大手スーパーに行くには、1日数本しかないバスを利用するしかない。
彼女は僕が運転免許を持っていると知ると、出会って早速『デートに行こう!』と誘ってきた。 僕が車をを持っていないと伝えると、親の軽自動車を使っていいと言う。 彼女は免許を持っていないのだ。
会ったこともない男に車を貸して、娘を同乗させる親もどうかと…… と、彼女の親に挨拶をしに行ったら、とてもいい人達だった。 向こうも僕を気に入ってくれたらしく、二つ返事で車を貸してくれる。
「こっちにはだいぶ慣れた? 」
彼女はカーオーディオから流れてくる曲を口ずさみながら聞いてくる。
「おかげさまで。 牛フンの臭いにはまだ慣れないけどね 」
アハハと子供みたいに笑う彼女。 敬語も使わず、まるで古くからの友達のように接してくれる彼女の気遣いは、とても有り難かった。
「響歌ちゃんは免許取らないの? 」
何気に不思議に思った事を聞いてみる。 周りに何もなく、交通の便が悪いのだから必要だろうに。
「わたし? あはは…… 」
ん? あまり浮かない返事。
「取ろうとはしたんだよ? まぁ……アレだ、教官が合わなかったというか、わたしの運転技術が素晴らしすぎたというか…… ね! 」
落ちたんだ…… 何回も。
「これからトマトとキュウリの収穫時期だしさ、隣町まで行かないと教習所ないしさ。 暇もないんだよねぇ 」
ペロッと舌を出す響歌ちゃんは可愛い。 じゃなくて、運転手が見つかったから別にいいということか?
いや、僕はずっとここで働くつもりはないんだけど。 病んだ心のリハビリと思って、この中川町に来たのだから。
中川町は移住者に対しての補助が充実している。 永久移住者には、町営戸建て住宅プレゼント! 十年間固定資産税免除! 光熱費半額! 高齢者ばかりで過疎が進み、特に特産物もない中川町が打ち出した苦肉の策らしい。
田中さん夫婦にも永住を薦められたが、僕はやんわりと言葉を濁らせた。 今まで都会で暮らしていた僕には、利便性を考えて決断できなかったのだ。
「それで、今日の買い出しは? 」
「佐藤さんところにお茶でしょ、 若松さんと遠藤さんの食材にー…… 」
ご近所がほとんど高齢者ということもあって、響歌ちゃんは買い出しを一手に引き受けている。 同級生や先輩後輩もいるのだが、そのほとんどがこの町を離れていってしまったのだとか。
その中でも彼女がこの町を離れないのは、おじいちゃんおばあちゃん達が心配なんだと笑っていた。 僕の知る限りの女性は、都会に出ておしゃれして、女子会とか彼氏とか…… 結婚する奴だって少なくない。
「なにその憐れむような目は! あー、わかった。 可愛そうな田舎娘とか思ってるんでしょ! 」
「違うよ! その…… 街に憧れとかはないのかなって 」
彼女は僕の目を見てしばらく固まっていた。 やがてため息をついた彼女は、シートを倒して僕の視界から消える。
「ないなぁ…… なんか息苦しそうで。 ここの方が安心するし、仕事だってしてるし、親にも迷惑かけちゃったしね 」
「え? 」
「ううん、なんでもない! ほら、ちゃんと前見て運転する! 」
そんな話をしているうちに、江北区のショッピングセンターに到着した。 駐車場に車を入れるなり、彼女は駆け足で『行くよー!』と僕を急かす。
親にも迷惑かけちゃったしね
誰でも苦い過去はある。 考えても仕方ない事だが、彼女のその言葉はとても重たいような気がした。
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