第7話 納屋での決意

 昼食を済ませ、僕は自前のノートパソコンを納屋に持ち込んで、説明書片手にトラクターと睨めっこをしていた。 その横には響歌ちゃんもいて、パソコンに表示されるステータス画面を見つめている。 今作業しているのは、トラクターとコンバインのシステムアップデートだ。


「さすが凄腕プログラマーだね! 」


「凄いのは機械の方だよ。 僕は説明書に従って入力しているだけ 」


 とは口に出したが、僕が凄いと思ったのは彼女の方だ。 アップデートするにあたって、この機械達を色々と動かさねばならないのだが、古いトラクターとコンバインが邪魔で動かさねばならなかった。 乗用車とは違いレバーだらけで、エンジンの掛け方すら分からなかった二台を、彼女は鼻歌交じりに動かしてしまったのだった。 しかも上手い。


「…… わたしね、運転免許取らないんじゃなくて、取れないんだ 」


「え…… 」


 パソコンのモニターに映るステータスバーを見つめながら、彼女は唐突にそんな話を切り出した。


「無免許運転。 東京でね…… 警察に逮捕されてるの、わたし。 欠格期間がまだ過ぎてないんだ 」


 体育座りで膝に顎を乗せて、彼女は独り言のように呟く。 僕は彼女を見つめ、頷く事はせず耳を傾けた。


「愛理…… あの居酒屋で会ったあの子が言ってたでしょ? 色んな事があって、ムシャクシャしてて…… 荒れてたんだよね 」


 彼女は都会には興味がないと言っていた。 興味がなかった訳じゃない…… 憧れて上京して、挫折したんだ。


「どうして話してくれたの? 」


 素朴な疑問を投げてみる。 過去は気にしないと言ったけど、打ち明けてくれる理由が知りたかった。


「フェアじゃない…… って思ったから。 君の過去ばかり聞いて、わたしの事は何も知らないのはどうなのかなって 」


 飯島さんの一言が効いた…… のかな?


「君は『気にしない』って言ってくれたけど、怖かったんだ…… 軽蔑されるんじゃないかって 」


「そんなんで軽蔑しないよ 」


 軽く笑い飛ばしてやると、彼女は『そっか』とはにかんだ。 ちょうどアップデートが終わり、トラクターのコンピューターが再起動を始めた。


「やっと動く? 」


「うん。 動くけど、自動で動かすにはまずは水田のデータを入力しないと 」


 彼女は頬を膨らませてブーたれるが、トラクターのキャビンを見上げてすぐに微笑んでいた。


「これが稼働すれば、掘り起こしも畦作りも収穫も…… おじいちゃんの負担をだいぶ減らせるから 」


 それ以上、彼女は過去について話すことはなかった。 きっと彼女が荒れてしまった原因はもっと深いところにある…… そんな気がしていたが、それを聞く勇気は僕にはなかった。


 僕も彼女に嫌われるのが怖かったのだ。


「和樹君ー! 響ちゃーん! おやつの時間だよー! 」


 納屋の外から、悦子さんのよく通る声が僕達を呼ぶ。


「はぁーい!  」


 響歌ちゃんも悦子さんに大きな負けない声で答える。 3時のおやつか…… まるで小学生みたいだ。


「ん? なんで笑うの? 」


「えっ? いや、僕達って孫みたいだなと思って 」


「いいじゃん、それで。 孫同然に思われるのは嬉しいことだよ! 」


 バシッと強めに背中を叩かれ、彼女に手を引かれて納屋を出た。


 田中さん夫婦に子供はいない。 よって孫もなく、姪孫てっそんも兄弟の話も、恵治さん悦子さんどちらも聞いたことはない。


 失礼な事だが、彼らに子供がいなくて僕は感謝している。 子供や孫がいたら僕もここに来ることはなかっただろう。 彼女とも出会う事はなかったのだから。


 僕は彼女が好きだ。 過去がヤンキーだったとか、それを聞いた今も好きな事には変わりない。 いつか…… 決意が固まったら告白しよう。 そう思っていた矢先だった。

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