第6話 ちょっとした違い
翌朝は雲一つない青空だった。 昨日の居酒屋での事が頭から離れず、しばらく寝付けなかった僕は、雨の日の翌日にはやらなければならない水田の水位管理に盛大に遅刻した。
いつもの土曜日なら、『起きろ寝坊助!』と夜明け前に起こしに来る響歌ちゃんの姿は、今日はない。 やはり昨日の事が気不味いのだろうか。
慌てて家を飛び出し、水田に向けてダッシュしようとしたその時、向かいから戻ってくる恵治さんと響歌ちゃんの姿を見つけた。
「おっ! やっと起きてきたか寝坊助め! 」
竹製の小さな篭を胸に抱えた彼女は、笑いながらいつもの調子で僕を叱る。 既に水位調整は終わっていて、今日は特に問題ないとのことだ。
「すいません、寝坊しました 」
僕が悪いのだから腰から頭を下げると、恵治さんは『仕方ないベ』と笑っていた。 仕方ない?
「聞いたよ。 昨日はこの子に煽られてなまら飲んだんだベ? 可愛い子の前じゃ、男ならエエ格好したいもんな? 」
うぇ? なんだその言い訳! 響歌ちゃんに視線を移すと、わざとらしく視線を逸らされた。 と、彼女のちょっとした違いに気付く。
「ん? …… 日焼け止め変えた? 」
いつもより彼女の顔が白いように感じる。
「!? あー…… 塗り過ぎちゃったかなぁ…… はは…… 」
バレバレ。 色白いのはファンデーションかコンシーラーで、彼女は普段農作業には化粧をしない。 顔色を隠す為か、もしかしたら目の下のくまを隠したのだ。
「大丈夫? 」
「うん、平気平気 」
僕の問いに笑顔で答える彼女は、いつものような眩しさはなかった。
「和樹君、君は機械に強いんだべ? 1つ頼まれてくれんか? 」
突然話を振ってきた恵治さんに、『そうでもないですけど』と返す。 きっと響歌ちゃんがまた、凄腕プログラマーとか言ったのだろう。
恵治さんの後についていくと、家の裏手の納屋に辿り着いた。 この中には、僕は入ったことがない。
中に入ると、とても古そうな農機のトラクターやコンバインが納められていた。 まさかこれを動かせとか整備しろとか言うのか?
「これを…… どうしろと? 」
「違う違う、こっちだ 」
コンバインの後ろに、シートに覆われた大きな農機が2つ。 恵治さんがそのシートを外しにかかっていたが、とても一人では無理だ。
「僕がやります 」
恵治さんに変わって留め具を外していると、何も言わず響歌ちゃんも手伝ってくれた。
「おお…… スゴい! 」
姿を現したのは、ピカピカに磨き上げられた流線型がかっこいいトラクターとコンバインだった。
「新車ですか? 」
「去年買ったんだけどな、ワシには使い方がようわからん 」
「…… わからないのに買ったんですか? いくらしたんです? 」
「二台で三千…… いくらだったかな? 」
さ、三千…… 円じゃないよな? そんなボケを無言で考えていると、顔がおかしかったのか響歌ちゃんに笑われてしまった。
「パソコンを使えば全自動らしいんだがな、『でじたる機械』っちゅうモンはさっぱりわからん! 動かしてみてくれんか? 」
「は…… はぁ 」
一台1500万とか、どんな高級車だよ。 とりあえず、運転席の上に置いてあった取扱説明書をパラパラと捲ってみた。 その横から彼女も一緒に覗き込んでくる。
「ん!? 」
Tシャツ姿の彼女の胸元がチラリ。 屈んで説明書を覗き込む姿勢で、少し大きめのTシャツの襟首が緩んでいる。 しかも、ブラしてないじゃないか……
「ん? …… ふーん 」
視線がバレた!? 彼女はジト目で僕を見ていたが、何故か肩をすぼめて口元を吊り上げる。 そのままトンと腕をぶつけてきたのだ。
「ちょちょ! 響歌ちゃん! 」
「男だもんね。 やっぱり好きだよね 」
「ご、ごめん! 見るつもりじゃなかったんだけど! 」
「年頃だもん、目が行かない方がおかしいっていうか…… なんか安心しちゃった! 」
にっこり笑いながら彼女はスススと離れていく。 あの…… 言ってる意味がよく分からないんですけど。
「それじゃ、後は若いモン同士仲良くな 」
恵治さんまでそんなことを言って納屋を出て行く。 恥ずかしい…… いや、見られた彼女の方が恥ずかしいんだろうけど、当の本人はトラクターの運転席ではしゃいでいた。
「和くん凄いよ! ボタンだらけだし、オートエアコンまで付いてる! 最新鋭はやっぱ全然違うー! 」
キャビンから顔を出して僕に笑いかけてくれる彼女は、もう普段の明るいあの表情に戻っていた。 はしゃぎまくる彼女は、次にコンバインを物色しに乗り込んでいく。
良かった。 そう思う反面、昨日飯島さんが言っていた言葉が頭をよぎる。
アンタ変わったねぇ
暗かったとは違うのはわかる。 ヤンキーという言葉が正しいのか微妙だが、やんちゃだったというのは想像出来た。 響歌ちゃんのあの反応からして、半端じゃなかったとか…… 過去は気にしないなんて言ったのに、やはり気になってしまう。
「ねっ、エンジンかけてみようか? 」
「えっ? だいじょ── 」
僕が答える間もなく、彼女はコンバインのスタートスイッチを押したのだった。
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