第39話 ストレス
それから響歌とりいさの戦いが始まった。 最初は何かと世話を焼こうとするりいさを、響歌は笑って全てを譲って後ろから見ていたのだが。 あまりにも僕にべったりのりいさに、少しずつ不満を漏らすようになった。
「良かったわね、りいさちゃんが全部相手してくれるんだから 」
彼女との時間を過ごせるのは、りいさが眠った後しかない。 加えて僕の生活リズムが朝型だから、一時間もすると僕の瞼が重たくなってくる。
「子供と張り合うなよ。 あの子がどういう考えでこうしてるのかは知らないけど 」
「だって…… もういい! 」
彼女は口を尖らせてシャワーを浴びに行ってしまった。
「参ったな…… 」
役場の仕事で疲れて帰ってくる彼女は、りいさの存在にストレスを感じているらしい。 子供ばかりを優先して、妻をおざなりにしていたのはマズイと教えられる。
世のパパさん達は、こういう時はどう対応してるんだろうか…… 特に僕達の場合は特殊な関係だから、より細かで繊細な対応が求められるのだろう。
「響歌、ちょっと! 」
浴室まで追いかけて彼女を呼び止め 、少し強引に振り向かせる。
「なに? 」
彼女の反応は冷たい。 それでも彼女自身も大人げないと思っているようで、面と向かって怒っている風ではなかった。
「ごめん、響歌をほったらかしにしてたのは僕が悪いよね 」
ムッと彼女の表情がキツくなる。 あれ? 違った?
「和くんが悪くないのはわかってるよ? でも、あのませた態度は我慢の限界なの! どういうつもりなのあの子! 」
「僕も正直困ってる。 いや、娘に気に入られるのは悪いことじゃないんだけど、ちょっと勘違いしてるみたいなんだ。 『パパを下さい』なんて言うし…… 」
響歌は目を丸くして呆気に取られている。 『そういうことか』と呟くと、僕の手を引いてバスルームに入り扉を閉めた。
「ちょっ…… 」
「和くんの奥さんはわたしなんだから! それだけは絶対譲らない! 」
すると彼女は突然服を脱ぎ出す。 え…… と、僕は夕方にりいさとお風呂入ったんですけど?
「背中流してあげる! 子供には出来ないこともあるんだよ! 」
えっ? 風呂場で!? そりゃりいさが来てからご無沙汰だったけど、響歌さんちょっと大胆じゃ……
そんなことを考えて悶々としていたら、ホントに背中だけでした。 まあ湯船に浸かって彼女を背中から抱きしめてはいるんだけど。
「ねぇ和くん、あの子と仲良くやっていくにはどうしたらいいかな…… 」
響歌は本当に悩んでいる。 ゆっくり時間をかければと思っていたけど、帰って来て尚ストレスを抱えるのは僕にもキツい。
「考えてたんだけど、りいさを幼稚園や保育園に通わせたらどうかな? 」
「えっ? なんで? 」
「人間関係を学ぶって大袈裟なものじゃないけどさ、ほら…… 同年代の子供と遊ぶことを覚えたら何か変わるかなぁって 」
『うーん……』と彼女は頷いていたが、その表情は僕からは見えない。
「神奈川ではそうだったんだけど、幼稚園で友達が作れなかった子って小学校に上がっても馴染みづらいんだよね。 小さな町ほどシビアなのかなって思ったから 」
「うん…… でもこの町は保育園しかないし、認可保育園って定数オーバーしちゃってるかも 」
町役場に勤める彼女は、その辺りもなんとなく把握しているらしい。 そうか、小さな町ゆえに保育士も少ない…… 定員オーバーで入れない子は、神奈川でも同じだったっけ。
「町営でデイサービスはやってるよ。 とりあえずそこに入れてみる? 」
振り返った彼女はあまりいい顔をしていない。 僕としても無理強いはしたくない。
「いや…… 響歌が嫌ならやめるよ。 何か思うところがあるんでしょ? 」
「そういう訳じゃないけど…… いや、やってみないとわからないもんね 」
彼女は大きく腕を上げて伸びをした後、僕に振り返って体を寄せてきた。
「和くんが私とりいさちゃんの為に考えてくれたことだもんね 」
首にぶら下がるように抱きついてきて、そのまま唇を重ねてくる。 少し長いキスをした後、僕は一つ提案をしてみた。
「響歌もりいさを呼び捨てにしたらどうかな? 僕は親としてそう決めたんだけど 」
「うん、そうする。 うちの親も言ってたけど、ホントわからないことだらけで親も勉強だね 」
苦笑いする彼女を引き寄せてもう一度キスをする。
「二人で頑張っていこう 」
そして僕達はそのまま…… とはいかなかった。 長く湯船に浸かって、僕が先にのぼせてしまったのだった。
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