第38話 御挨拶

 次の日の朝、僕は二日酔いに悩まされながら日の出前に目を覚ました。 腕の中の響歌はまだ夢の中で、気持ち良さそうに寝息を立てている。 りいさはベッドの横に敷いた布団で大の字になって寝ている。 昨日の夜に、僕が『おねえちゃんと寝なさい』と言い聞かせ、無理矢理距離を縮めようとしたのだ。


 りいさは意外にも素直に布団に入り、文句を言わずに響歌と寝てくれたのだが。 今度は響歌の方が耐えられなくなったらしく、りいさが寝息を立てたのを見計らって、僕のベッドに潜り込んできたのだった。 なかなかうまくいかないものだ。


「ん…… 」


 寝返りをうつ彼女が愛おしくて、ついキスをしてしまった。 寝ているにも関わらずニヤける彼女がまたたまらない。


 色んなアクシデントがあっても、なんだかんだで僕はとても充実している。 僕を支えてくれる周りの人達には感謝しかない。 嫌気がさしてこの中川町に来たのも、それまでの陰鬱な毎日を過ごしていたのも、全てが彼女と出会う為だったとまで思えてしまう。


「水、飲みたいな…… 」


 彼女を起こさないようそっとベッドを抜け出し、一階のリビングに降りる。


「おっ? おはよう。 まだ寝てていいんだぞ 」


 内山パパとママはもう既に起きて朝食の最中だった。 農家の朝はとても早い。 僕自身もその生活スタイルに徐々に慣れてきているんだと気付かされる。


「目が覚めちゃったもので。 すいません、お水を一杯もらえませんか? 」


「なに遠慮してるのよ。 和樹君はもうウチの息子も同然なんだから! 」


 内山ママはケラケラと笑いながらコップを手渡してくれる。 響歌のように明るく…… いや、響歌がママに似ているのだろう。


「和樹、せっかくだから少し話をしようじゃないか 」


 内山パパに勧められるままにダイニングテーブルの向かいに座ると、内山ママが僕の分の朝食を用意してくれた。 山盛りのご飯にみそ汁、スクランブルエッグとほうれん草のソテーに厚切りベーコンと、朝からガッツリだ。


「近々、お前の両親にご挨拶をしたいなと思っているんだが 」


「はい。 僕もそれは考えていました 」


 りいさを養子に迎える一件が落ち着いたら籍を入れようと思っていたから、その前に両家の顔合わせは済ませなければと思っていた。 内山両親からその話を切り出してきたのは、やはり本当に結婚するのだろうかという心配の表れなんだと申し訳なくなる。


「すいません…… 」


「いやいや、急いでいる訳じゃないんだ。 ただ…… お前も聞いていると思うが、あの子は子供を産めない。 死産もしている。 それでもお前はあの子を妻として迎えられるか? 」


 そんなのは愚問だ。


「もちろんです。 子供の事は本人から聞きましたし、それでも僕は響歌と一緒にいたい。 子供を望んでいる訳じゃないし、りいさを引き取ると決めたのは響歌にプロポーズした後です。 僕の生涯をかけて、彼女を幸せにしたい 」


 くさい台詞だなとは思ったが、照れなどしなかった。 本気でそう思っていたし、誰よりも彼女が好きだ。


「そうか…… 」


 内山パパは、なんだかばつが悪そうに首を掻いている。


「パパ、だから言ったじゃない。 聞くだけ野暮だって 」


「んなこと言ってもよぉ…… 本人の口から聞かないと落ち着かないだろ 」


 なんだかんだ言って、内山パパは娘が大事なんだ。 過去に大喧嘩したのも娘を心配しての事。 これは責任重大だ。


「だいぶ遅くなりましたが…… 娘さんを僕に下さい、お義父さん 」


 僕はテーブルにおでこが付くくらい頭を下げる。 本当なら響歌が横にいてするべきなのだろうが、今のタイミングで言わなければダメなような気がした。


「ワガママで暴れん坊な娘だが、よろしく頼むぞ。 和樹 」


 頭を上げると、お義父さんは少し涙ぐんでいた。 お義母さんはお義父さんの頭を肘で小突き、『バーカ』と笑って寄り添う。


「今更だけど、君は私達の息子だからね。 なんでも相談してよ? 」


 ホントに仲のいい夫婦。 そんな二人から娘を託されたのだから、僕は何がなんでも響歌を幸せにしなきゃならない。


 新婦不在で行われた義父母への結婚報告だったが、その様子を影からりいさが見ていたことを僕は知らなかった。




 朝早くに起きて力作業をする習慣が付いてくると、昼食を取った後に眠気が襲ってくる。 ダイニングテーブルに頬杖をついてうつらうつらしていると、ソファーで横になっているお義父さんの前にりいさが駆け寄って行ったのが閉じかけた目に映った。


 りいさがお義父さんの側に1人で行くのは珍しい事だ。 お義父さんは精一杯の優しい顔をするのだが、りいさは強面が怖いらしい。


「…… ん? どうしたりいさ 」


「ぱ…… パパをりいさにください! 」


 なっ!? 頬杖から頭がずり落ちて眠気が一気に覚めた。 りいさはお義父さんにお辞儀をしてそのまま動かない。


「んん? 」


 お義父さんも寝起きで頭が回っていないらしく、横になったまま眠たそうな目を見開いていた。


「パパをください! 」


 その言葉を言う度にペコペコとお辞儀をする仕草に、朝の僕を真似ているのだと気付く。


「りいさちゃんはパパのお嫁さんになりたいのかな? 」


 お義父さんが優しく聞くと、りいさは「うん!」と真剣な表情で力強く答えていた。


「おねえちゃんにはわたさないの! パパはりいさとけっこんするの! 」


 会話の内容もある程度理解しているのだろう。 ああすれば結婚出来ると思ったのかもしれない。 響歌…… 思わぬライバルが誕生してしまいました……

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