第25話:ツァイトガイスト【6】
頼子が何も言えないでいると、赤い外套の女はこちらを一瞥、ほう、と嘆息。
「あなたは……ああ、クドウの。そういうことね。じゃあ、無理もないわ」
後ろに控えていた者たちも前に出る。そのまま、それぞれ腕を伸ばし、手を開く。
「――散れ、けがれたる者たちよ」
低い、氷のような声が彼女たちから木霊したかと思うと、倒れていた男たちが、久遠のもとから弾き飛ばされ、反対側の壁にたたきつけられた。
がしゃん、とけたたましい音。
彼女たちは気にも留めず、頼子のそばを通って、ぐったりと力を失った久遠を抱え起こした。
「……いずれ見つかってしまう。急がねば」
外套を広げて彼女を包むと、優しく抱きかかえる。
唖然とするばかりだった頼子も、いつの間にかそばに居た一人に身体を持ち上げられ、両腕に抱えられていた。
「えっ、あの、その――」
窓が開いている。風が吹き込んでくる。
彼女たちは互いにうなずいた。
「飛ぶわよ。舌を噛まないように」
「わっ……」
次の瞬間には、彼女たちに抱えられたまま、窓の外に飛び出して、空を舞っていた。
◇
ビルの屋上から屋上へ、彼女たちはステップを踏むような調子で飛び越えていった。
そのあいだ頼子は情けない悲鳴を上げるしかなくって。
しばらくして彼女たちが「着地」した時には、息も絶え絶えになっていた。
「……」
「あら。大丈夫?」
大丈夫なわけはない。
……無造作に外套から解放されて、地面に落ちる。
つめたい。外の土だ。
顔を上げて周囲を見回すと、そこが森の中の洞窟のような場所であることに気付いた。ぽたぽたと、水の滴るおと。
うち一人が、あかりをつけたらしい。全体像が見える。
洞窟といっても、隠れ家であるらしい。広い空間のなかに、テーブルと椅子、それに絨毯や戸棚、ソファが用意してあった。
彼女たちはごく自然にそこに集まり、外套を脱いでいく。
……その服装は、ソファに横たえられている、久遠のそれとは違っていた。
装飾の施されたドレスにブローチ。遠い国の貴族たちのような。その優美さに見惚れてしまう。
彼女たちは何者なのか。
「私たちは」
問う前に、答えが返ってくる。
「ドラキュリーナ。いわば、クドウの同族」
うすうすそうかもしれないと、肌感覚で悟ってはいたが、いざその状況に直面すると、どうしていいか分からない。
何も言えないまま、頼子はいつの間にか彼女たちに椅子に座るように促されて、目の前には紅茶が用意されていた。
湯気が立って、いいかおりがする――ほんとうにいいかおりだ。
「心配しないで。血なんて、入っちゃいないわよ」
くすり、と一人が笑った。
ああ、と思う。
それは、せんぱいと同質の笑みだ。見た目は自分たちとさほど変わらないのに、明らかに、何十倍もの年月を生きてきた者の表情。
頼子は迷いながらも紅茶に口をつける。熱い、とても熱い。だけど、おいしかった。
そして、知らないうちに、涙がこぼれていた。
ぽろぽろと、カップの中に落ちていく。
「ひとりで、というのは訂正すべきかしら。たぶん、あなたも一緒に戦っていたのね。名前は、ええと……」
「……です」
「え?」
「よりこ…………です」
なぜ、名乗る気になったのか、自分自身でも分からないままだった。
色んな感情がぐちゃぐちゃになって頭のなかをかき回していた。
そんな様子に気付いたのか、ひときわ髪が長く、美しいドラキュリーナは、向かい側のイスに座る。
紅茶に口をつけて、音もたてずに、気品のある動作で啜って。
カップを置く。
頼子はひとくち、ふたくち飲んでいた。
少し、落ち着いていた。
相手はちょっと微笑んでみせて、ゆっくりと口を開いた。
「いろいろと……知りたいのでしょう」
頼子がおずおずとうなずくと、彼女は、仲間たちとアイコンタクトをしたのちに、語り始めた。
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