第25話:ツァイトガイスト【6】

 頼子が何も言えないでいると、赤い外套の女はこちらを一瞥、ほう、と嘆息。

「あなたは……ああ、クドウの。そういうことね。じゃあ、無理もないわ」

 後ろに控えていた者たちも前に出る。そのまま、それぞれ腕を伸ばし、手を開く。


「――散れ、けがれたる者たちよ」


 低い、氷のような声が彼女たちから木霊したかと思うと、倒れていた男たちが、久遠のもとから弾き飛ばされ、反対側の壁にたたきつけられた。


 がしゃん、とけたたましい音。

 彼女たちは気にも留めず、頼子のそばを通って、ぐったりと力を失った久遠を抱え起こした。

「……いずれ見つかってしまう。急がねば」

 外套を広げて彼女を包むと、優しく抱きかかえる。

 唖然とするばかりだった頼子も、いつの間にかそばに居た一人に身体を持ち上げられ、両腕に抱えられていた。

「えっ、あの、その――」

 窓が開いている。風が吹き込んでくる。

 彼女たちは互いにうなずいた。

「飛ぶわよ。舌を噛まないように」

「わっ……」


 次の瞬間には、彼女たちに抱えられたまま、窓の外に飛び出して、空を舞っていた。



 ビルの屋上から屋上へ、彼女たちはステップを踏むような調子で飛び越えていった。

 そのあいだ頼子は情けない悲鳴を上げるしかなくって。

 しばらくして彼女たちが「着地」した時には、息も絶え絶えになっていた。

「……」

「あら。大丈夫?」

 大丈夫なわけはない。

 ……無造作に外套から解放されて、地面に落ちる。

 つめたい。外の土だ。

 顔を上げて周囲を見回すと、そこが森の中の洞窟のような場所であることに気付いた。ぽたぽたと、水の滴るおと。

 うち一人が、あかりをつけたらしい。全体像が見える。


 洞窟といっても、隠れ家であるらしい。広い空間のなかに、テーブルと椅子、それに絨毯や戸棚、ソファが用意してあった。

 彼女たちはごく自然にそこに集まり、外套を脱いでいく。

 

 ……その服装は、ソファに横たえられている、久遠のそれとは違っていた。

 装飾の施されたドレスにブローチ。遠い国の貴族たちのような。その優美さに見惚れてしまう。

 彼女たちは何者なのか。

「私たちは」

 問う前に、答えが返ってくる。

「ドラキュリーナ。いわば、クドウの同族」


 うすうすそうかもしれないと、肌感覚で悟ってはいたが、いざその状況に直面すると、どうしていいか分からない。

 何も言えないまま、頼子はいつの間にか彼女たちに椅子に座るように促されて、目の前には紅茶が用意されていた。

 湯気が立って、いいかおりがする――ほんとうにいいかおりだ。


「心配しないで。血なんて、入っちゃいないわよ」

 くすり、と一人が笑った。

 ああ、と思う。

 それは、せんぱいと同質の笑みだ。見た目は自分たちとさほど変わらないのに、明らかに、何十倍もの年月を生きてきた者の表情。


 頼子は迷いながらも紅茶に口をつける。熱い、とても熱い。だけど、おいしかった。

 そして、知らないうちに、涙がこぼれていた。

 ぽろぽろと、カップの中に落ちていく。


「ひとりで、というのは訂正すべきかしら。たぶん、あなたも一緒に戦っていたのね。名前は、ええと……」

「……です」

「え?」

「よりこ…………です」


 なぜ、名乗る気になったのか、自分自身でも分からないままだった。

 色んな感情がぐちゃぐちゃになって頭のなかをかき回していた。

 そんな様子に気付いたのか、ひときわ髪が長く、美しいドラキュリーナは、向かい側のイスに座る。

 紅茶に口をつけて、音もたてずに、気品のある動作で啜って。

 カップを置く。

 頼子はひとくち、ふたくち飲んでいた。

 少し、落ち着いていた。

 相手はちょっと微笑んでみせて、ゆっくりと口を開いた。

「いろいろと……知りたいのでしょう」


 頼子がおずおずとうなずくと、彼女は、仲間たちとアイコンタクトをしたのちに、語り始めた。

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