第13話:HER:STORY【5】

「これはこれは……」


 頭が真っ白になる。口をパクパクして、その場にすわりこむ。

 どうしたものかを高速で考えて、そのたびに泡になって消えていく。いますぐひざまずいて、許しを乞うべきか。それでどうなる。歴史の闇に消えたドラキュリーナたちの末路は。

 自分が今どれだけ哀れな姿をさらしているのかは考えたくなかった。そうする前に、先に動いたのは相手のほうだった。


「ああ、畜生。君、ここに入ってくるんだ。さぁはやく」


 腕が掴まれて、部屋の中に引きずり込まれた。一瞬の動作だった。

 だが、それでもクドウは、どきりとした。瞬間的に、彼のローブ越しの肌のきめを感じ、かおりを吸い込んだ。


 扉が、閉められる。

 鍵をかけて、吸血鬼は大きく息を吐く。

 クドウは縮こまったまま立っている。

 こちらを見つめてくる瞳。いらだちか怒りか、わからない。


「なんてこった、ああ、なんてこった。面倒だ、実に面倒だ……あぁ」


 彼は扉から離れて寝床の傍に置いてあるグラスを手に取り、壁のワインを注ぐ。


「飲むか? 飲まないよな。私は飲むからな。いいな」


 一気に喉に流し込んで、グラスを元の場所に。それから、あらためてクドウに向き直る。硬直する。

 何もできないまま、その吸血鬼――そう言ってよければだが――は、矢継ぎ早に質問を繰り出しはじめた。


「いつから見てた」

 逡巡しようとした――。

「答えるんだ」

「……あ、あなたが、もう一人のかたと、口論をしていた時から」

「聞いてたのか、ぜんぶ」

「えっと、その……」

「答えろ」

「はい……すべて、聞こえていました」

「じゃあなんで、君はここにいる」

「それは……」

 気付けばクドウは壁に追いやられていた。肌が近い。どきりとする。

 唇から、わずかに葡萄のかおりがした。

 それが少しだけ、酔わせた。

「あなたの……言葉が、気になって」

「ことば?」

「あなたは……わたしたちを、かばってくださった……」

 その言葉を聞くと、吸血鬼はクドウから離れて、大仰に両手を広げながら背を向けて言った。

「ああ、ああああああ~~~~~~~~~~、やはりそうか、そういう解釈になるか、惜しい、だが違う、あれは自分だ、自分のために言ったんだ、ちくしょうめ」

 椅子に座る。足を組む。

 そのひょうしに、ローブの前がはだける。

「……そうとも。私は吸血鬼じゃあない。ドラキュリーナだ」

 いともあっさりと、しかし、本人にとってはきっと極めて重々しい判断のもとに、真実が明かされた。

 そして、こちらが何も言えないでいると、続きのことばが連射された。これまで溜めこんできたかのように。

「そしてあれは自分のためだ。私はこれを自分のために言ってる。自分の立場のために。分かるか、どうして自分を偽って吸血鬼などと。くそっ、君と私は共犯者だ」

「……」

「そう、共犯なんだよ。私は『同胞』にバレてしまえば、君は『級友』たちに密告されれば、現在の立場を失って……想像もつかないことになる。だからこの密会は秘密裏に行われてる。そういうことになる」

「私の……友人たちは、そんなこと……」

「するんだよ。いいか、するんだ……それが我々の種族としての歴史だ。上位種ゆえにあまたの種族からその滅亡をこいねがわれ、それでもなお生き延びてきた。その果てに訪れたのは無限の倦怠と、猜疑心に満ちた心だ。だから、ここからは誰も信用するな」

 そこで、顔が近づいた。

「私以外は」

 ……赤い、双眸。先生のよりも、ずっと。それに。

 唇の奥に、牙が見えた。削がれていない、牙。

 そうか、私たちも、伸ばせば、そんなふうになるんだ。

 そう思うと、なんだかとてつもなくなまめかしいものを見ているように思えて。胸がばくばくと音を立てて、息苦しくなる。

「は、い」

 身体から力が抜けて、頭のなかに、もやがかかったようになっていく。

「……おっと」

 その直前、「彼女」が腰を抱いて、手近のイスに自分を座らせたのがわかった。

 そうして、暖炉の前で、二人で向き合うこととなった。


 陶酔が徐々に薄らいでいって、そのかわりに、目の前のひとについて、疑問が次々と湧いて出てくる。

「色々、聞きたいだろうな」

 それはお見通しだった。

「仕方ない。どうせもう、平常心を失った君は眠れやしないだろう。私の物語を聞かせてやろうか」

 頷く。

 相手は深呼吸し、吐き出し、頭を振って、髪をかき上げて。


「私のことは、ジルと呼んでくれ……」

 語りはじめた。

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