第14話:HER:STORY【6】

 きっかけはささいなことで、「わたしたちの世界ではよくある話」にすぎなかった。

 すべて聞き終えたクドウも、同じことを思った。

 しかし、ジルにとっては、それが何もかもを変えたのだ。


 ジルには親友が居た。

 彼女とは、互いに悠久の時を生きながら、さまざまなことを語り合った。快活な自分と、おとなしく読書好きな彼女。

 正反対の二人が一緒に居たのは、ひとえに、「同じことを考えていたから」にほかならない。

 自分は先生の目を盗んで、森の外を覗いたり。

 彼女は、書庫の奥の、貸出し禁止の古い本を読んだり。

 そうしているうちに、少しずつ、少しずつ、自分たちはどうやら「たいくつ」していることに気付いていった。

 それはつまり、あまりにも長い時間を、あまりにも単調に過ごしているということに他ならなかった。

 では、その中身は。こうだ。

 

 朝起きて。授業を受ける。ドラキュリーナであることのすばらしさ。それにふさわしい教養を身につけること。宿題も多い。

 それからほどこしをうける。吸血鬼たちに。彼らの血は、どんな蜜よりも甘く、恍惚とする。

 その恍惚のまま眠りにつく。

 それを、一生繰り返す。それが幸せだ。

 否定はできない。大部分にとってはそうだろう。


 しかし、ジルたち二人にとっては、「そうとは限らないのではないか」という思いが、日に日に膨らんでいったがために。

 それらの日々に、疑問を感じるようになっていった。

 もっと、他の在り方が、自分たちにはあるのではないか。


 そうおもいはじめたとき、二人の日常に、さざなみのように、亀裂がはしりはじめた。

 ――吸血鬼たちへの思いが、変化し始めたのである。


 あれほど魅力的だと感じていた、彼らの寵愛を受けるという考えが、さほどでもなくなってしまった。

 むしろ、それは友人たちとのおしゃべりが少なくなることを意味するのであれば、窮屈に思えてしまうようになった。

 さらにいえば、あの血の食事も、以前ほど喉の渇きをいやしてくれなくなった。

 それは、夜起きたとき、歯を磨くのと一緒に牙を削っているときに、強く感じた。

 ……自分たちにも牙があるのに。


 はっとした、愕然とした。

 ジルは、自分たちがとてつもなく大きな過ちを犯しているのではないかとおじけづいた。

 だが友人は、勇気づけるように言った。


「だいじょうぶだよ。あたしたちは、彼らが知らないことだって知ってる。あたしたちのほうが、強い」


 それは、倦怠を打ち破る呪法としてのことばであり。

 ――友を永遠に失ってしまう、最大のミスだった。


 ……二人の秘密の日々は、あっさりと終わった。

 彼女が、とらえられたのだ。

 そして、吸血鬼たちによって、裏切者、恥さらしとして、つるし上げられることになった。


 ――再会した時、彼女は見るも無残な姿だった。変わり果てていた。


 いったい何をされたのか、彼らに――やつらに。

 彼女は答えなかった。

 そのかわり、根源的ともいえる問いを投げかけてきた。

「あなたは……どうしたい。あたしは、きっと死ぬけれど……あなたも、死んでしまいたい?」

 ジルは答えた。

「いやだ、生きる。生きて、復讐してやる。吸血鬼に」

「でも、つまらないってわかったでしょう、生きるの……それでも、いいの」

「だったら、面白く生きてやる。それが、最大の意趣返しだ……」

 すると彼女は、気丈に笑ってみせて、言った。

「なら、あたしの意思を、あなたに託す……きっと、呪いだと思うけど。それでも、いいの」

「構わない。君の思いを背負って、生きる……」

「なら、受け取って……あたしの、力を……」


 そうしてジルは、彼女の「呪い」を引き受けた。


 後日。

 ジルというドラキュリーナは、存在しなくなった。

 不思議なことに、彼女もまた、親友と同じように、制裁を受けて死んだとみなされていたのだ。


 あとになって、髪の毛を切り、牙を伸ばし、「吸血鬼の新入り」として彼らに迎え入れられるようになってから、すべてを理解した。

 それこそが、彼女のさずけてくれた呪法の力だったのだと。


 ジルは今も、その過去を忘れないでいる。

 他の吸血鬼たちと違い、一秒一秒を、記憶しながら生きている。

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