第15話:HER:STORY【7】

「私は、彼女に生かされている……彼らの地獄のなかに。おかげで、『私だけは』退屈しないで済んでいるけどね」

 ジルは笑った。目を少し細めて、口の端を曲げて。

 それは、明らかに自身に向けられた笑いだった。

 どれだけの思いがいまの彼女にのしかかっているのだろう。

 クドウは想像する。

「笑ってくれて、構わないよ」

 思いを飛ばす。回想する。

 そうしているうちに、身体の芯に熱がこもってくる。

 ――けさ。先生は、疑問に答えなかった。

 ――代わりに聞いてくれた子が居て、嬉しかったな。

 ――あれは、今この瞬間のためだったのかもしれない。

 それは、すべての答えが、唐突に、だけどいとも自然に、目の前に現れたような感覚。

 先生の無視も。級友たちのひそひそ話も。あの決闘の、吸血鬼たちの熱狂も。

 すべては、この瞬間のための布石だった。


 私が、この人と出会って、「疑問」の二文字を抱くための。


「わたし、」

 立ち上がる、そして彼女の。

 膝に触れる。見つめる。気圧されそうになるほど輝いている双眸。

 今度はしっかりと。そらさない。

「笑いません。絶対に。あなたのことば。私があなたでも、同じようにしたと思っています」

「君は……」

 反対に、ジルが驚いているようだった。

「君は……退屈だと思うか。日々が」

「はい。つまらないです。先生は同じことしか言いません」

 空模様がかわりつつある。はやくもどらないと。

 じゃないと、永遠に眠れなくなる。

「厭だと思うか。吸血鬼たちの、視線が」

「はい。まるで、私たちなんて、居ないみたいに。私たちが居ないと、あの人達だって困るのに」

 いいえ。

 それでも、かまわないわ。

「……」

 困らせてしまった。ジルは黙っている。

 けれど、それこそを嬉しく思っている自分がいる。

 そんな自分を、罰当たりな自分を、どこかで楽しんでいる。

 こんなの、いままでの数年数十年数百年――知らなかった。

「ああ、そうか。これは、永劫に輪廻するわけだ。そしてそのうち、何かに亀裂をはしらせる……」

 ぶつぶつと、顔を覆って彼女は言った。

 後悔しているのだろうか。

 だけど、再びこちらを向いた彼女は、どこかいたずらっぽい、少し幼く見えるような笑顔を浮かべて、その白い牙を、外の夜気によって光らせながら、言った。

「ならば……君にも、呪いをかけることにするよ。私とかつての親友が、共有し合った呪いを」

 その指が、顎に伸びてくる。

 そっと撫でる。

 不思議だ、同じように見下ろされているのに、吸血鬼たちのそれとは違って、息詰まる感じがしない。

 それどころか、安心できる。ひんやりとした空気に、その中に浮かぶほこりのつぶに同化して、融けていきそうな。

「そうすれば、君も密告なんてする気がなくなるだろうからね。せいぜい、見惚れるがいいさ」

「私は、どうすれば……」

「毎日、付き合ってくれよ、私の寝物語に。誰にも見られずにここまで来れるよう、地図を描いてやるから……」

 そう言われた。

 呪いと祝福は、どう違うというのだろう。どちらも、相手を縛り付けるためにあるのに。

 でも、その中身が、自分にとって安堵できるものであれば、どちらでもよかった。


 これからは、毎日、カレンダーと時計を見る理由が出来る。

 それが、何よりもうれしい。


 言葉通り、彼女は地図を渡してくれた。

 彼女のためなら――ネズミにだって、なんだってなれる。


「君のことは」

「クドウと……そう呼んでください、ジル」

「ああ。よろしく、クドウ。次の夜が終わる刻に、会おう」

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