第11話:HER:STORY【3】
クドウたちは顔を合わせる。
とんでもない事態になった。
目を白黒させている間に、状況は進展する。
ざわざわとした声が構内に響き始める。
見ると、ステンドグラス近くの通用口から、数人の吸血鬼たちが入ってきた。彼らは二人の様子を見て、興味を示しているようだ。
「決闘と聞いたぞ」
「やるのか。ならカウントが必要だなぁ」
「おい、みんな集まれ。面白いものが見られるぞ」
口々に囃し立てながら、中心の二人を盛り立てていく。
それを受け、片方は苦虫を嚙み潰したような顔をし、もう一人は、皮肉っぽく肩をすくめる。
「ちょっと、私たち……ひょっとして、すごいものを見てるんじゃないかしら」
「そうね。声をひそめましょう」
級友たちは交互に声を掛け合いながら、色めき立っている。それは、この状況と、バレたらただではおかないというスリル両方が理由であるように思えた。
「ね、クドウ」
「……」
その時彼女は。
――あそこでは、騒ぐなと言われてたんじゃないのか。
と考えていた。少し、胸の内側がちくりとした。なぜかは分からなかった。
……きん、という金属音。
再び意識が現実に戻り、隙間からの観察へ。
すでに、彼らはそれぞれの手に、細いサーベルを握って、距離を取って向き合っていた。
殺傷する力はなさそうだ。ということは、純然たる「決闘」のためのもの。どこから出てきたのか。
二人の周囲に、吸血鬼たち。長椅子やテーブルの上に腰掛けて、さかんに囃し立てている。
「そら、やれ、やれ」
「おい、どっちに賭ける」
「やられても叫ぶなよ。バレたら面倒だ」
まず長髪の側が踏み込んで、剣先を突き出す。
だが短髪は少し引き下がり、軽くいなす。苦渋。笑み。
「貴様、まじめにやれ」
「俺のやり方さ」
再び、前へ。剣先どうしがぶつかり合う。そしてすり抜けるように、短髪が前へ。長髪の額めがけて、一気に踏み込んだ。
だが直前で後ろへ。当たらなかった。
……短髪は口の端を曲げて笑った。長髪が悔しげに牙をむき出した。
周囲の者たちが、そこで手を打ち鳴らす、さかんに声をかける。
しばらくして、長髪が吠えた。また、攻防が始まった。
隙間から、重なったいくつもの声が流れてくる。
それを、級友たちはうっとりと聞いている。
向こうはこちらの存在など、まるで気付いていない。それなのに彼女たちは、まるであの観客たちと同じような立ち位置であるかのように、小さく囁き合っている。
――いま、あの人、こちらを向いたわ。
――いや、私のほうよ。
「……」
あの食事の時間では絶対に聞こえてこない、低声の吸血鬼たちの笑い声。
「ねぇ。そろそろ、戻ったほうが」
そう言ってみた。
返事はない。
クドウは、少しの間、何かを考えた。
それから、一歩二歩、彼女たちから、少しだけ離れてみる。
距離をあけると、途端に、聞こえなくなり、静寂だけが支配する。
――はやくもどらなきゃ、寝不足に、なるのにな。
それくらい、声に出して言えばいいのに、彼女にはできなかった。
まもなく、ひときわ大きな声が上がった。
級友たちのところに戻って、内部を覗いた。
「くっ……」
「仕掛けてきたのはお前だぞ」
「要求は何だ」
「別に。俺のことは、頭のおかしな異端者と思い続けてくれればいい。ただし、それ以上のことはするなよ」
短髪は剣を収め、仲間に投げた。
どっと笑いが起きる。それは、額に小さな赤い点の傷が出来て敗北を認めた長髪に向けられたものだった。
「派手にやられたなぁ」
「何を言い合ってたのか知らんが」
「おい、傑作だぞ」
そう言いながら、互いの肩を抱き合ったり、叩き合ったりしている。既に、ぜんぶが終わっていたのだ。
長髪が憮然として立ち上がり、剣を仲間に預けて、大股で去っていく。
吸血鬼たちの低く美しい声の重なりが、彼に続くかたちで、ステンドグラスの向こう側へ消えていった。
そして、最後には――短髪の吸血鬼だけが残されている。
彼は、すこしのあいだ、自分の正面にある、複数の透明な色彩を見上げていた。
「なんか、冷めちゃったわ」
「そうね。もう終わっちゃったもの」
「帰りましょう」
級友たちは扉から離れていく。
「どうしたの、クドウ。帰って眠りましょう」
すぐには返事が出来なかった。
なぜなら、彼女の視線は――彼に注がれていたから。
――短い髪の、彼。
――あまりにもあっという間で、ちゃんと思い出せない。
――もしかして、あの人は。
――……わたしたちの、はなしをしていた?
そう思うと。途端に、身体が金縛りにあったみたいに重くなってきた。
いったいなぜだろう。なぜか、彼が気になって仕方がない。
後ろから声はしなくなって、自分だけになっていると分かる。
それでもかまわない。
やがて、ステンドグラスを見上げるのをやめた吸血鬼が、通用口に消えていくと。
クドウは、説明しがたい気持ちに突き動かされるようにして、鉄扉を開けて、彼の影を、追いかけていた。
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