第10話:HER:STORY【2】
その後は、部屋に戻って、準備をして、再びの授業だ。
午後のそれは惑星が滅びるとさえ思えるほど眠く、耐え難いものだ。夜の光が少しずつ弱まってくるからだ。
しかし、自分たちに、夜に眠ることは許されない。夜を支配する者たちにふさわしい振る舞いをしなければならない。
――本当を言えば、居眠りをして、先生に折檻をされるのがおそろしい、ということなのだが。
そうして、長い一日が終わる。
クドウたちは級友と話し合いながら、各自の部屋に戻っていく。既に頭の中は、眠るまでの時間をいかに楽しく、かつ先生にバレずに過ごすかでいっぱいだ。
だからクドウも、安堵と疲労の中で、一日を終えるものと、そう思っていたのだが。
◇
「なんだと、貴様」
声。
……どきりとする。吸血鬼の声だ。
どこからだろう。級友たちと顔を合わせる。口々にざわつく。
めざとい先生が廊下の奥からやってきて、皆を次々に部屋に押し込んでいくが、既にクドウたちの好奇心はそんなことでは止められなくなっている。
その、明らかに穏やかではない調子の声音は、食堂――兼、吸血鬼たちにとっての講堂から響いているようだ。
クドウは、先生が通り過ぎたことを確認すると、何人かと一緒に、こっそりと声のするほうへ向かった。
正面の大きな鉄扉に近づくにつれて、会話の内容がわかるようになってくる。
「もう一度言ってみろ、ただではすまないぞ」
「野蛮だと言っているのさ。必要なら、何度だって繰り返してやるよ」
……口論。吸血鬼が。夜の種族としての高貴さを常に誇っている彼らが、そんな野蛮な風潮を持ち合わせているはずがない。
頭の中で、先生が勝手にそう話しているが、好奇心は止められない。
まるで、彼らが自分たちを、「特別に」誘惑しているかのように思えて、心臓の高鳴りが止まらなくなって、わずかに開いている鉄扉の隙間から、クドウたちは、覗き見た。
二人の男がいる。ステンドグラスの前で互いに向き合って対峙していた。
一人は髪が長く、もう一人は少し短い。共通するのは黒いローブ。その下のシャツなどは微妙に違う。そういう差異は、許されている。
彼らの表情は影のなかで浮かび上がっている。
最初に激高した声を響かせた側の、長髪の彼は、やはり怒気を孕んだ表情をしていて。
もう一人は、少し皮肉な笑みを浮かべているようだった。
クドウたちは、どきどきしながら、その趨勢を見守る。
「彼女たちに血が必要なのは先刻承知さ。なら、なんだってあんな大掛かりな仕組みを用意しなきゃならない? あの盃、けっこう重いんだぜ」
「それが……伝統だからだ」
「伝統ね。吸血鬼がドラキュリーナを前に出させて、跪かせることが伝統か。そんな下卑たもの、俺たちのような上位種には相応しくないとは思わないか」
「なにが言いたい」
「あのならいを、すぐにでもやめるべきだと言ってるのさ。食事なら、眷属にでも運ばせればよかろう」
「貴様……」
「突っかかってきたのはお前だろう。その手を離すことを勧めるがね」
「いい人ね、あのひと」
級友のひとりがそうささやいた。
クドウもおおむね同意だったが、それ以上に怖かった。
短髪の吸血鬼が、なにやら、昼の食事の時間について異を唱えていることがわかる。だが、なんのために。
あれは、吸血鬼が、ドラキュリーナに立場を示すための大切な、神聖な時間のはず。お互いにとって、そうであるはずなのに。反対することに、何の利点があるのだろう。
クドウは、彼らの姿に鼓動が高鳴ると同時に――短髪の彼が、気になって仕方なかった。
……あの人のことを、もっと知りたい。
それは先生からすれば、禁じられた行為であるはずだったが、いまは、まだ眠りたくなかった。それを言い訳にして、ここに居続けることを決めていた。
「そうか、貴様……」
「ああ、なんだよ」
「連中の、肩を持つのか。ドラキュリーナの」
「さぁ、どうだかね」
「あの盲目で愚かな連中など、気にかける必要はない、空気のようなものだ。ただ我々にかしずいておればよいのだ。それを貴様は」
「空気なら、なおのこと、気遣ってやらなきゃと思うがな。優しくする理由はなくとも、特段いじめてやる必要もなかろう」
「貴様の発言は裏切りだ、異端者だ。今ここですぐに訂正すれば、同胞たちには知らせないでおいてやる、さぁ今すぐ――」
「あんた、そんなだから、彼女らに陰口叩かれてるんだよ。裏でなんて呼ばれてるか、教えてやろうか……」
「……なんて呼んでるの。あのひとのこと」
「えっとね、それは――」
その時。
二人の間の燭台が、大きな音を立てて倒れた。正確には、蹴り倒された。
「それ以上の侮辱は許さん」
「だったらどうする」
「決闘だ、今すぐ……いま、ここでだ」
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