第45話 そのヒロイン、激昂の末に。


「くっ、はあっ、はあ……」


 私──シオン=ステラスティアに対するラクスの猛攻はずっと続いていた。

 目はだいぶ慣れてきたけど、反撃の余裕は未だない。

 何度かカウンターを試してみたけど、こっちの魔法が発現するよりも前に相手の次の攻撃が飛んできてしまう。

 だから結局、防戦一方の展開を強いられていた。


 ……それにしても、身体が重い。

 さっきから集中力も散漫としている気がする。

 思考に靄がかかっているような、そんな感覚。

 魔力を使い過ぎた反動……?


「大丈夫かい? 随分と体調が優れないように見えるけど」

「別に……」


 ラクスは揶揄うような口調で私の体調を気遣う素振りを見せる。

 しかし、それが本心でないことは誰の目にも明らかだった。


「くくっ、隠さなくても良いさ。キミのコンディションが最悪なのは当たり前なんだから」

「……?」


 突然、吐き出すように笑うラクス。

 彼がなぜ笑ったのかはわからないが、それが嘲笑であることは瞬時に理解した。


「はー、やっぱり我慢できなかったなー。反省だね、これは」

「……あなた、何を言ってるの?」


 わけのわからないことを続けて述べるラクスに対し、私は堪らず疑問を投げかける。

 すると、その男は待ってましたと言わんばかりににやりと口角を上げ、愉快そうに自白を始めた。


「キミ、魔力増強剤って知ってる?」

「……? 知ってるけど……」


 ラクスの口から出てきたのは、ごくごく一般的な薬剤の名称だった。

 魔力増強剤。

 その効能は名前の通り、投与者の魔力を増強するというもの。

 魔力を使い過ぎて身体を壊した人に医者が治療剤として処方する薬剤の一つである。


「魔力増強剤がなんなのよ。今関係あるの?」

「あるある、大有りだよ。だって、キミの気分が優れないのは、その魔力増強剤のせいなんだから」

「……?」


 なかなか話が見えてこない。

 この男は一体何を言っているの……?


「まだわからないのかい? はあ、仕方ないね。じゃあもうネタバラシしちゃおうかな?」

「……」


 心底楽しそうに話すその口ぶりに内心苛立ちながら、私は無言で彼を睨んだ。

 そんな私を見て、彼は満足したように目を細めると、とうとう事の全容を話し始めた。


「ずばり、キミは魔力増強剤を摂取しているんだ、それも適量をはるかにオーバーしてね」

「……は?」

「控室に水が用意されていただろう? あれに混ぜさせてもらったんだよ、魔力増強剤」


 一瞬、目の前の男が何を言っているのかわからなくなる。

 でも、だんだんとその言葉の意味を頭が理解する。


「……1服盛ったって、そういうこと?」

「いや? 1服じゃなくて4服くらいかな? キミが試合前に飲んだ全ての飲料に含ませてもらったんだ。いきなり多量に摂取して僕の試合までに負けてもらってもつまらないしね。キミがこの試合の最中にちょうど苦しむように調整させてもらったってわけだよ」


 途端に饒舌に話すラクスの笑顔がいつもよりも憎たらしく思えてきた。

 どうやらこの男はどこまでも性根が腐っているみたいだ。

 今更その事実に気づいても遅いのだけど……。


「良薬であっても、過剰に摂取すれば簡単に毒に成り変わる。キミは今、現在進行形で身体を蝕まれているんだ。その証拠にほら、呼吸も浅く、まともに思考を働かせることもやっとなんじゃないかい?」

「……こんなことして、あなたタダで済むと思ってるの?」

「そりゃあ思ってるよ、だってバレないし」

「私が告発して──」

「それ、本気で言ってるのかい?」

「……?」

「いやだって告発って、いったい誰が信じるのさ。証拠は? ないよね? それにたとえ証拠があったとしても、だ。キミのことなんて誰も信じないよ? どうせ負け犬の遠吠え、負け惜しみと思われるのがオチさ。なにせ、あの一件でキミの信頼は地に落ちたんだからさあ⁈」

「ぅぐっ‼︎」


 ラクスの自白に意識を傾け過ぎていたせいで反応が遅れてしまう。

 彼の容赦ない拳が私の顔面を殴打し、私の身体は後方へ数メートル飛ばされた。


「まあでも、キミの評判を落としたのも僕なんだけどね」

「はあ、はあっ、は……?」


 頭を打ちつけるようにガンガンと鳴る耳鳴り。

 ぐわんぐわんと視界を揺らす目眩。

 それらを振り払ってなんとか立ちあがろうとしたとき、耳を疑うような言葉が聴こえた。


「あれ、もしかしてまだ気づいてなかった? 掲示板のあの書き込み、あれ僕がやったんだ。だから、キミの信頼を奪ったのもこの僕ってわけさ」


 してやったりとでも言いたげなドヤ顔で私を見下すラクス。

 その表情は私の神経を乱暴に逆撫でする。

 朦朧とする意識の中であっても、目の前の男への憎悪は膨らむ一方だった。


「いやあ、あれは傑作だったなあ。何も知らない馬鹿共が僕の言葉をまんまと信じて、僕をコケにしたキミを貶める。ほんっとーに気持ちよかった……。今思い出しただけで興奮しちゃうよ」

「……るな」

「ん?」

「ふざけるな‼︎」


 怒りに身を任せて力任せに殴りかかる。

 しかし、慣れない大振りの突きは軽くいなされ、隙だらけのところに綺麗なカウンターをもらってしまった。

 鳩尾を突き上げるような膝蹴りによる激痛に耐えられず、私はその場で蹲るしかなかった。


「かはっ……!」

「はあ、まったく無様だねえ。いい加減諦めたらどうなんだい? そろそろわかってきただろう? どんなに足掻いたってキミは僕には勝てないって。キミの努力はすべて無駄。僕の才能の前には無意味なんだよ」

「……っ‼︎」


 ラクスは私の髪を右手で掴むとそのまま私の身体ごと持ち上げ、挑発を重ねた。

 薄れかけていた意識が髪を引っ張られた拍子に痛みと共に戻ってくる。

 しかし目の前の男の煽りに言い返すこともままならず、私には歯を食いしばった睨むことしかできなかった。

 なけなしの魔力を込めて魔法を放とうとしても、魔法は途中で散りのように崩れ、ラクスまで届くことはなかった。


「……終わりだね」


 その様子を見たラクスはため息を吐いた。

 それから私の髪を掴んでいない左手の周りに魔法で岩を纏わせると、そのまま私の顔面を思い切り殴り飛ばした。

 その瞬間、視界が真っ白になり、鈍く重い音だけが耳に残った。


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